にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-1

「ひっ……! 助けて! 助けてくれ!」
 旧サテライト地区――未だ整備の手が届かないビル群の一角で、男は惨めに命乞いをしていた。男の頬には犯罪者の証であるマーカーが刻まれ、左手には鈍器としても使えるようにプロテクターを装着したデュエルディスクがある。かつては見るものに畏怖の念を抱かせた代物であるが、地べたに這いつくばり苦痛に顔を歪ませながら懇願する今となっては見る影もない。
「いいですよ。助けてあげます」
 男の前に立つのは、肩の部分にセキュリティの紋章を編み込んだ純白の長衣を纏い、細い目を弓なりに曲げて微笑む、治安維持局の人間だ。
「……ほ、本当か?」
「ええ、本当です。私は貴方の命までは奪いません……殺してしまっては、意味がないですからね」
 半信半疑といった犯罪者の男を余所に、セキュリティの男は続ける。
「十分苦しんだでしょう? 貴方の矮小な脳にも、私に対しての恐怖と憎しみが刻まれたでしょう? なら、もう行きなさい。そして、もう一度私の前に現れるのです。私――豹里兵吾(ひょうりひょうご)の前にね」
 心の底から歓喜するような表情を浮かべたセキュリティの男――豹里は最早犯罪者の男を見ていない。自分に酔いしれ、恍惚を顕わにしている。
「貴方たちのような下等人類は、私を正攻法で糾弾することなどできはしない。なら、くすぶった復讐心を晴らすにはどうするか? そう、汚い方法を使うしかありません。法に触れ、自らの地位をさらに貶める行為――『悪人』としてのやり方しか残っていない。いや、貴方たちは『悪人』としてのやり方しか知らないでしょう」
 地べたに這い、プライドを完全に打ち砕かれた犯罪者の男は、当然豹里に対して憎しみを抱くだろう。今はまだ恐怖に塗りつぶされたとしても、目の前から脅威が去った途端、復讐の炎が燃え上がるはずだ。そうでなければ、彼の頬にマーカーは刻まれていない。
 豹里兵吾は、それを歓迎する。
「物事には、相反する2つが揃ってこそ成立するものがあります。戦いとは、攻撃と守備が成り立ってこそ戦闘といえるのであり、どちらか一方が欠ければ虐殺や停滞となります。光がなければ闇は認識されず、逆に闇がなければ光も認識されない。そして――」
 豹里は天を仰ぐ。その先には、ビル群に切り取られた狭い青空が広がっている。
「悪が存在しなければ、正義を振るうことはできない」
 豹里は、決して悪を滅ぼすことはしない。
 悪が潰えること。それはすなわち、正義の死滅を意味しているのだから。

「貴方は、もう一度『悪人』として私の前に現れなさい。そして、私の裁きを受けるのです。何度も。何度でも」


◆◆◆


 俺は、今まで何をやってきたんだ。
 両脚の骨を砕かれ、気を失いながらも苦しみに悶える少年は、正義の味方である自分を慕ってくれていた。
 自分の振るう身勝手な正義に、憧れを抱いてくれていた。
 けど、それは間違いだった。
 自分のせいで、ミカドは深い傷を負った。誰がどう言おうと、それは紛れもない事実だ。
 正義の味方なんてものは、ヒーローなんてものは偶像で、実際にやっていたことはただの偽善。自己満足だ。
 俺は、間違いを犯した。
 その事実を呑みこむのに、随分と時間がかかった。
 青臭い偶像は、頭の中にこびりついてなかなか消えなかった。
 正義の責任を知り、正義の代償を知った。もう、夢見る子供は卒業だ。
 ――それなのに。
「なんで、俺はこんな仕事してるんだろうな……」
 古びたコンクリートの天井を見上げながら、神楽屋輝彦はポツリと呟いた。
 時枝探偵事務所。
 探偵事務所とは謳っているものの、実質的には(可能な限り)どんな依頼でも請け負う何でも屋である。ネオダイダロスブリッジが完成し、シティとサテライトの垣根が取り払われた頃から、セキュリティの治安維持に対する姿勢が一層強化され、些細なトラブルであっても治安維持局が解決してくれる。そんな現状では、探偵なんてものは不要だ。夫や妻の浮気調査などのあまり公にはしたくない頼み事や、ゴミ屋敷の清掃といった単純に人手が欲しい案件など、何でも屋といわれるくらい雑多な種類の依頼をこなしていかなければ、生計が立てられないのである。
 最も、最近では時枝探偵事務所の名前もそこそこ売れてきたようで、依頼に不自由する事はない。さすがに選り好みできるほどではないが、事務所に新しい看板を設置するくらいの余裕はある。サテライトからシティに事務所を移設したときは閑古鳥が鳴きっぱなしだったが、地道に宣伝活動を続けてきた効果がようやく表れたようだ。
(……それでも、やってる頃は『正義の味方だ』と息巻いてた頃と変わらねえんだよな)
 結局、人助けを生業としている自分に嫌気が差す。
 正義の味方を引退し、逃げるようにサテライトに流れた神楽屋は、デュエルギャング「レボリューション」に身を寄せた。そこでは、ただ怠惰に時間を浪費するだけだった。死ぬために生きている――そう言っても過言ではない毎日に変化が訪れたのは、皆本創志と出会ってからだ。弟を助けるためにレボリューションと戦い、神楽屋と戦った創志は、事件収束後、神楽屋に「アンタには、教えてほしいことが山ほどある」と言ってきた。最初は渋っていた神楽屋だが、創志の熱意に押され首を縦に振ってしまい、いつの間にか何でも屋を始めることになってしまった。しかも、創志の弟である皆本信二、創志の彼女(?)であるティト・ハウンツ、そして行き場のなくなってしまった金髪幼女リソナまで面倒を見ることになってしまったのだ。やぶをつついたら八岐大蛇が出てきた気分である。資金面ではリソナの保護者となっているアルカディア・ムーブメントの職員、宇川が援助してくれているので問題ないものの、引き受けた当初は面倒くさいことこの上なかった。
 だが、そんな生活も次第に慣れてしまい、今ではレボリューションにいたころとは比べ物にならないほど心穏やかな生活を送っている。
 だからこそ、過去を振り返る余裕ができたということか。
 ここではない異世界で、神楽屋はとある青年と共に、少女を救った。
 あの時は、間違えずに済んだ。隣にいた青年のおかげで――道を違えずにすんだ。
 しかし、これからは?
 このまま人助けを続け、二度と間違いを犯さないと言えるのか?
(……ハッ、馬鹿馬鹿しい)
 神楽屋は考えを打ち切り、ずれていた中折れ帽を被り直した。
 自分の心の中には、青かった頃の自分――たくさんの人を助けたいという欲望が残っている。それに目を背けることはできないと分かってしまったし、間違いを恐れて動くことを躊躇っていたのでは、救えるものも救えない。異世界でのデュエルで痛感したことだ。
 要は、背伸びしなければいいのだ。自分の実力を見極め、できることとできないことの区別をはっきりさせる。それが今の神楽屋が出した結論だった。
「室内で帽子を被ってると、ハゲますよ?」
「うおっ!?」
 不意に声をかけられて驚く。考え事をしていたから余計にだ。
 応接室としての役割も兼ねている探偵事務所のソファに座りこんでいた神楽屋は、慌てて背後に振り向く。そこには、柔和な笑みを広げる細身の少年が立っていた。
「何だ、信二か。脅かすなよ」
「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんですが」
 そう言って軽く頭を下げた信二は、コーヒーカップを2つ乗せたトレイを手にしていた。ほのかにコーヒー豆の香りが広がり、神楽屋は残っていた緊張を解いた。