にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

オリジナルstage 【サイドS エピローグ】

「――で、アンタらは無事に帰ってきたと」
「おう。大変だったんだぜ」
「こことは違う妙な世界に飛ばされて、他の世界から来た連中と協力して、悪の親玉を倒しました、と。妄想を語るのは脳内だけにしときな。下手に小説でも書こうもんなら、赤っ恥かくことになるよ」
 カウンターに頬杖をついた白髪の女性、藤原萌子はうんざりとした様子でため息を吐いた。
「リソナやティトはともかく、アンタまでそんなこと言い出すとはねぇ。集団で催眠術でもかけられてたんじゃないの?」
「そんなことねーって! リソナはともかく、ティトが嘘吐くはずないだろ」
「それはどういう意味です!? 皆本兄!」
 リソナの喚き声が、閑古鳥が鳴く喫茶店に響き渡る。
 治輝とのデュエルを終え、世界が崩壊したあと、創志たちは元の世界に戻ってきた。帰還した元の世界は、異世界で過ごした時間が嘘だったかのように、砂神によって飛ばされてから30分ほどしか経過していなかった。。創志はウエイターとしてバイト中で、リソナとティトはアカデミアから帰ってきたところ。神楽屋は仕事がないのでコーヒーを啜っていた状態。唯一萌子の姿だけが見えずに冷や汗をかいたが、ただ単にトイレに行っていただけだった。また、異世界のデュエルで負った傷は跡形もなく消え去っていた。
 砂神の目的が分かった辺りで薄々感づいてはいたが、普通の人間でデュエリストでもない萌子は、異世界に飛ばされていなかった。彼女の話では、青年――砂神は紅茶を1杯だけ注文し、飲み終わるとすぐに立ち去ったらしい。そのあいだ、創志たち4人はいつも通りに振る舞っていたとのことだ。
 意識だけが異世界に飛ばされていたのか、それとも萌子の記憶が改ざんされているのか……それは分からない。
 ただ、異世界での出来事は、創志たちの記憶にしっかりと刻まれている。
「だーかーら! 役立たずのテルに代わって、リソナが七水を華麗に救出したんです!」
「はいはい」
「ムキー! もこがリソナの話を信じてくれないですー! 悔しくて枕を涙で濡らしそうです!」
 リソナはしつこく萌子に話を続けていたが、萌子は全く取り合おうとしない。
「信じろってのが無理な話だ。現実感の欠片もない話だしな。異世界に行ったことを証明するものもないし」
 リソナや創志と違い、萌子に事情を説明することをしなかった神楽屋は、冷めたコーヒーを口に含む。
「いいんだよ。俺たちがしっかりと覚えてれば。自慢話として聞かせるほど大層なことをしてきたわけじゃないしな」
「そうか? 治輝は、帰る前にお前に会いたがってたけどな。もうちょっと話したかったとか何とか」
「……ハッ。そりゃ光栄だ」
 カップをソーサーに置いて手を離した神楽屋は、口元をわずかにほころばせる。クールぶってはいるが、内心はかなり喜んでいるのだろう。
「それに、証拠ならあるぜ」
 そう言って、創志はテーブルの上に置いてあった自分のデッキを手に取る。
 <ジェネクス>や<A・ジェネクス>のシンクロモンスターの中に、1枚だけ<ジェネクス>の名を冠していないカードがあった。
 <アームズ・エイド>。
「おいおい、借りパクじゃねえか」
「し、仕方ないだろ! 返す暇なかったんだから」
 このカードは、異世界で出会った少年、遠郷純也から借り受けたものだ。砂神、そして治輝とのデュエルが終わった後に返すつもりだったのだが、気付いた時にはすでに世界が崩壊していたのだ。
「今度会ったときに返すよ」
「……そうだな」
 もう一度会える可能性は限りなく低いだろう。
 創志も神楽屋もそれを承知の上で、あえて口にしなかった。
「神楽屋」
「何だ?」
「もっと強くなるためには、どうしたらいいんだろうな」
 創志の視線の先には、呆けた様子で席に座っているティトの姿がある。異世界から帰ってきてから、ずっとあんな調子だ。
「デュエルの腕も……それ以外も。もっと強くならなきゃいけないって思ったんだ」
 輝王の姿がよぎる。
 純也の姿がよぎる。
 治輝の姿がよぎる。
 そして――かづなの姿がよぎった。
 大切なものを守るために。自分が本当にやりたいことをやり通すために。
 異世界での経験を通じ、創志は己の力不足を感じていた。
 満身創痍になって、あるいは誰かの力を借りて、ようやく勝利に手が届く。「勝ったからいい」なんて慢心できるほど、この世界は甘くない。
 それを自覚したのなら、何かを失う前に行動を起こすべきだ。創志はそう思った。
「……<術式>について詳しく知ってるジイさんがいる。本当かどうかは知らんが、<術式>を習得するための修行法を編み出したらしい」
 創志の言葉に含まれた感情に気付いたのか、神楽屋が真面目な声を出す。
「マジかよ!? じゃあ――」
「ただし、一朝一夕で身に着くもんじゃないぞ。サイコパワーの増幅にしたって、長い期間での修業が必要だ。いいのか?」
 神楽屋の言わんとしていることは分かる。長期間の修行になれば、住み込みで行うことになるだろう。そのあいだ、ティトや信二を置き去りにしていいのか、と訊いているのだ。
 創志は逡巡する。強くなりたいという願いのために、一時的とはいえ大切なものを手放していいのか。

「わたしなら、だいじょうぶだよ」

 どこから会話を聞いていたのか、いつの間にか創志の傍に立っていたティトが、柔らかな口調で告げる。
「あいしろに言われたから。強くなれって」
「ティト……」
「それに、しんじもきっと大丈夫。わたしも守るから」
「……分かった。サンキューな」
 どうやら、異世界での経験を通じて得るものがあったのは、創志だけではないらしい。ティトの微笑を見て、創志はそう感じた。
「……決まりみたいだな。それなら後で連絡とって――」
「あ、そうだ。おい神楽屋。ちょっといいかい?」
「――っと。今度は萌子さんかよ。何だ?」
 萌子に呼ばれた神楽屋は、渋々といった感じで腰を上げる。
「昨日業者の人が来てたの忘れてたよ。事務所に看板取りつけるんだろ?」
「ああ。その方が見栄えがいいからな」
 喫茶店の隣にある、神楽屋が経営する探偵事務所(のような何でも屋)。シティに移転したことだし、新たに看板を取り付けようという話になっていたのだ。
「もう出来上がったのか。早いな」
「いや、そうじゃない。書類に不備があったから、訂正して再提出してほしいってさ」
「……何?」
 萌子から2枚の用紙を受け取った神楽屋は、急いで書面に目を通す。
 1枚は再提出用の書類。もう1枚は神楽屋が業者に提出した書類だ。
「必要事項は全て埋めたはずだぜ? 一体どこに不備が――」
 言いかけた神楽屋の言葉が止まる。理由は、業者の指摘した「不備」が一目瞭然だったからだ。
 看板に記す、事務所の名前。「神楽屋探偵事務所」と書いたはずの欄が、ジュースらしき液体をこぼした染みで読めなくなっていた。
「……創志。これはお前の仕業か?」
「俺はジュースより麦茶派」
「じゃあティト」
「しらない」
「ってことはだ」
「…………ぎくり」
 神楽屋から、ゆらゆらと黒いオーラのようなものが沸き上がる。
 それに気付いた金髪の少女は、そろりそろりと喫茶店から出ようとしていた。
「リソナ! てめえ! あれほど事務所の机で飲み食いするなって言っただろうが!」
「だ、だって! 事務所のソファに座って優雅におやつを食べたかったんです! 大体、大事なものをいつまでも出しっぱなしにしておくテルが悪いんです!」
「責任転換とはいい度胸だ! そこになおりやがれ!」
「リソナ、なおりやがらないですー!」
 逃げるリソナと、追う神楽屋。途端に喫茶店の中が騒がしくなる。
「……たまには違う賑やかさも拝みたいもんだがね」
 いつもなら騒いでいるやつを怒鳴りつけて静かにさせる萌子だが、今日は気分が乗らないようだ。
 萌子が止めないなら、と創志とティトは事態を静観する構えに入る。仲裁に入ったとしても、疲れるだけだ。
「あ! あ! リソナ、とってもいいこと閃いたです!」
 リソナを捕まえようと振りまわされていた神楽屋の両手を器用に避けていた金髪の少女が、わざとらしい大声を上げる。
「どうせまたロクでもないことだろ! 騙されねえぞ!」
「そう言うと思ってたです! それなら、実力行使ですー!」
 小さな体を生かし、神楽屋の脇をするりと抜けたリソナは、彼の手から2枚の書類を掠め取る。
「あっ、オイ!」
「ティト! でぃす、いず、あ、ペン!」
「はい」
 リソナがわけのわからない英語を口走るが、ティトには意味が伝わったようで、制服の胸ポケットに入れていたペンを放り投げる。
 それを受け取ったリソナは、素早く何かを書きこんだ。
「返せコラ!」
 神楽屋が書類を奪い返したときには、すでにリソナは行動を終えていた。
「いたずらも大概にしとかねえと、オヤツ抜きにするぞ。お前が部屋に大量のチョコ溜め込んでんの知ってんだからな。あれを全部処分してやる。どうせ暑くなったら溶けちまうしな」
「ど、どうしてバレたです!? テル、リソナのストーカーだったですか!?」
「そんなわけねえだろ! ったく……」
 付き合いきれないといった感じで、神楽屋はリソナが何かを書きこんでしまった書類に視線を向ける。
 空欄だらけの、再提出用の書類。その中で、ひとつだけ埋まっている欄があった。
 それは、看板に記す事務所の名前。

 「ときえだたんていじむしょ」

 時枝探偵事務所――ひらがなで、そう書かれていた。