遊戯王オリジナルstage 【幕間-4】
その光景は、まさしく世界の終わりを予感させた。
「これは……」
ティトたちを囲っていた異形の化け物たちが一斉に動きを止め、その体を砂粒のような細かい粒子へと変化させ、風に流れて消えていく。それはまるで、一面に咲いたたんぽぽから綿毛が舞いあがるような、不思議な暖かさを感じさせる光景だった。
灰色の空に、微かな光を放つ粒子が吸いこまれていく。
これまでこの世界を覆っていた冷たさが溶けていくことを、ティトは感じていた。
「……世界の崩壊が始まったということは、主様が倒れたようですね」
ティトに守られるように後ろに立っていたトカゲ頭が、落ち着いた声を出す。落胆や失望よりも、安堵のほうが勝っているように聞こえた。
ティトたちが居る場所――井戸から出たそこは、辺り一面が雑草で覆われた草原だった。名前も知らない草が好き放題に伸びているが、今までの場所に比べると生命の息吹のようなものを感じる。
「ここ、壊れちゃうの?」
「この世界を創り上げていたのは主様です。世界を構築し、それを維持するということは、莫大な力を必要とします。主様の意識が途絶したり、力が衰えたりした時、この世界は崩壊するように出来ているのです」
加えて、主が「この世界は不要だ」と判断したときも崩壊は始まるのだが、トカゲ頭はそれを口にしなかった。その可能性は限りなくゼロに近いことを知っていたからだ。
「そう。なら、茶番は終わりということね」
「あいしろ」
井戸の底で戦っていたはずの愛城が、いつの間にかティトの傍に立っていた。
「消化不良、といった感じは否めないけど、暇つぶしにはなったわ。刺激に飢えていた心を落ち着かせるくらいにはね」
微笑を浮かべた愛城は、意味ありげな視線をティトに向ける。その視線に込められた感情がどんなものであるかティトには分からなかったが、愛城はそれ以上の言葉を重ねようとしなかった。
「わたしたちは、これからどうなるの?」
「世界が完全に崩壊すると同時に、元の世界に戻れますよ。そうなるように比良牙様がセッティングしているはずです。ですから――」
「これは……」
ティトたちを囲っていた異形の化け物たちが一斉に動きを止め、その体を砂粒のような細かい粒子へと変化させ、風に流れて消えていく。それはまるで、一面に咲いたたんぽぽから綿毛が舞いあがるような、不思議な暖かさを感じさせる光景だった。
灰色の空に、微かな光を放つ粒子が吸いこまれていく。
これまでこの世界を覆っていた冷たさが溶けていくことを、ティトは感じていた。
「……世界の崩壊が始まったということは、主様が倒れたようですね」
ティトに守られるように後ろに立っていたトカゲ頭が、落ち着いた声を出す。落胆や失望よりも、安堵のほうが勝っているように聞こえた。
ティトたちが居る場所――井戸から出たそこは、辺り一面が雑草で覆われた草原だった。名前も知らない草が好き放題に伸びているが、今までの場所に比べると生命の息吹のようなものを感じる。
「ここ、壊れちゃうの?」
「この世界を創り上げていたのは主様です。世界を構築し、それを維持するということは、莫大な力を必要とします。主様の意識が途絶したり、力が衰えたりした時、この世界は崩壊するように出来ているのです」
加えて、主が「この世界は不要だ」と判断したときも崩壊は始まるのだが、トカゲ頭はそれを口にしなかった。その可能性は限りなくゼロに近いことを知っていたからだ。
「そう。なら、茶番は終わりということね」
「あいしろ」
井戸の底で戦っていたはずの愛城が、いつの間にかティトの傍に立っていた。
「消化不良、といった感じは否めないけど、暇つぶしにはなったわ。刺激に飢えていた心を落ち着かせるくらいにはね」
微笑を浮かべた愛城は、意味ありげな視線をティトに向ける。その視線に込められた感情がどんなものであるかティトには分からなかったが、愛城はそれ以上の言葉を重ねようとしなかった。
「わたしたちは、これからどうなるの?」
「世界が完全に崩壊すると同時に、元の世界に戻れますよ。そうなるように比良牙様がセッティングしているはずです。ですから――」
「気に食わないわね」
トカゲ頭の言葉を遮って、愛城が鋭い声を出した。
「私の意志とは関係なしに無理矢理ここに連れてこられたというのに、帰宅もご丁寧にエスコート? 屈辱にまみれて反吐が出るわ」
怒りをぶつける相手がいないことを恨むかのように虚空を睨みつけた愛城は、苛立たしげにデュエルディスクを展開させる。
「これ以上私の道を捻じ曲げさせるつもりはない。送迎は結構よ」
愛城がそう告げると、彼女の背後で大きな影が実体化する。
<アルカナフォースEX-THE DARK RULER>。
愛城が命令を下すまでもなく、竜のそれによく似た2つの首を持つ最上級の天使は、その口から閃光を吐き出す。
周囲の雑草を根こそぎ消滅させかねないほどの、圧倒的な閃光。
それは、本来なら何もない空間をそのまま突き抜けていくだけだが――
ビキリ! と。
まるで見えない壁に当たったかのように、閃光が弾け、空間に亀裂が走る。
空間の亀裂は、塗り固めていた土が剥がれ落ちるように広がっていき、やがて向こう側の景色を覗かせる。そこは、宇宙を連想させるような黒い闇――ティトや愛城が「井戸」へと移動したときに通った空間に酷似していた。
愛城は<アルカナフォースEX-THE DARK RULER>の実体化を解くと、一切の迷いを見せずに空間の亀裂へと進んでいく。
「あいしろ」
「何かしら?」
「これで、お別れ?」
「……そうね」
ティトが声をかけると、愛城は足を止め、こちらを振り返る。
「貴方はどうするのかしら? トカゲさん」
声は、ティトではなくその背後にいる人物へ投げかけられた。
「私は……」
うつむいたトカゲ頭は、わずかに逡巡したあと、かすれた声を絞り出す。
「主様が迎えに来なかったということは、本当に私は不要だと判断されたのでしょう。私も、元の世界に戻ることになります。誰も私を受け入れてくれなかった、あの世界に」
「…………」
「ですが」
言葉を区切ってから、トカゲ頭はティトの前に回りこむと、銀髪の少女を真正面から見つめる。
「ですが……今度は私から、誰かを信じてみようと思います。ティト様が、私を信じてくれたように」
人を信じる。それは銀髪の少女にとって、当たり前の行為だった。かつて、初対面だった少年が、自分を信じて手を差し伸べてくれたように。
けれど、その当たり前が、彼を――人としてのスタート地点に立つことができなかった異形の男を、救ったのだ。
「……そう」
愛城は無表情で呟く。それは、何も感じていないのではなく、わざと感情を表に出さないように見えた。
「トカゲさんなら、きっとできるよ」
「ありがとうございます。ティト様」
ぺこりと頭を下げるトカゲ頭を見て、ティトもつられて頭を下げる。とても奇妙な光景だった。
「――ティト」
二度と目にすることがないであろう人間と爬虫類のお辞儀合戦をゆっくり鑑賞したあと、愛城は少女の名前を呼ぶ。
「なに?」
「……貴女は強いわ。この私が保証するのだから、誇ってもいいくらいよ」
「うん。ありがとう、あいしろ」
ティトが素直に喜びを顕わにすると、愛城は口を尖らせ「やっぱりやり辛いわね」と小さく愚痴をこぼした。愛城の言葉には若干の皮肉も混じっていたのだが、ティトはそれに気付かなかった。
愛城はため息をついて仕切り直してから、続ける。
「けれど、貴女の強さはひどく脆いわ。他人に依存し過ぎている。トカゲさんに言ったことの繰り返しになるけれど、信頼というものはほとんどが虚像。ほんの少しのきっかけで、人は簡単に変わってしまう。優しかった誰かが、信じられないほど残酷になってしまうことだってあるのよ」
「……うん」
「貴女の強さを否定するわけじゃない。ただ、もう少し自分のためだけに戦いなさい。貴女が大切だと思う人のためではなく、自分自身のために」
愛城の言葉には深みがあった。表面上だけをすくい取った浅いものではなく、心の奥底から滲み出た感情を乗せたような――そんな深みだ。
「……わかった」
だから、ティトはその言葉を心中で反芻してから、静かに頷いた。
大切な人を失うことの恐怖。それはよく知っている。
二度とあんな思いをしないように、そして、少年と共に歩いていくために、ティトは強くなると誓った。
それは、皆本創志が少女の傍にずっといてくれることを前提とした強さだ。
そうではなく、彼と離れ離れになったとしても、1人で立ち上がれる強さ。これからは、そんな強さも必要になってくるかもしれない。
「――でも」
今度は、ティトの方から声を投げる。口にしようかどうか迷ったが、愛城に会えるのはこれが最後かもしれない。なら、訊いておくべきだろう。
「私の意志とは関係なしに無理矢理ここに連れてこられたというのに、帰宅もご丁寧にエスコート? 屈辱にまみれて反吐が出るわ」
怒りをぶつける相手がいないことを恨むかのように虚空を睨みつけた愛城は、苛立たしげにデュエルディスクを展開させる。
「これ以上私の道を捻じ曲げさせるつもりはない。送迎は結構よ」
愛城がそう告げると、彼女の背後で大きな影が実体化する。
<アルカナフォースEX-THE DARK RULER>。
愛城が命令を下すまでもなく、竜のそれによく似た2つの首を持つ最上級の天使は、その口から閃光を吐き出す。
周囲の雑草を根こそぎ消滅させかねないほどの、圧倒的な閃光。
それは、本来なら何もない空間をそのまま突き抜けていくだけだが――
ビキリ! と。
まるで見えない壁に当たったかのように、閃光が弾け、空間に亀裂が走る。
空間の亀裂は、塗り固めていた土が剥がれ落ちるように広がっていき、やがて向こう側の景色を覗かせる。そこは、宇宙を連想させるような黒い闇――ティトや愛城が「井戸」へと移動したときに通った空間に酷似していた。
愛城は<アルカナフォースEX-THE DARK RULER>の実体化を解くと、一切の迷いを見せずに空間の亀裂へと進んでいく。
「あいしろ」
「何かしら?」
「これで、お別れ?」
「……そうね」
ティトが声をかけると、愛城は足を止め、こちらを振り返る。
「貴方はどうするのかしら? トカゲさん」
声は、ティトではなくその背後にいる人物へ投げかけられた。
「私は……」
うつむいたトカゲ頭は、わずかに逡巡したあと、かすれた声を絞り出す。
「主様が迎えに来なかったということは、本当に私は不要だと判断されたのでしょう。私も、元の世界に戻ることになります。誰も私を受け入れてくれなかった、あの世界に」
「…………」
「ですが」
言葉を区切ってから、トカゲ頭はティトの前に回りこむと、銀髪の少女を真正面から見つめる。
「ですが……今度は私から、誰かを信じてみようと思います。ティト様が、私を信じてくれたように」
人を信じる。それは銀髪の少女にとって、当たり前の行為だった。かつて、初対面だった少年が、自分を信じて手を差し伸べてくれたように。
けれど、その当たり前が、彼を――人としてのスタート地点に立つことができなかった異形の男を、救ったのだ。
「……そう」
愛城は無表情で呟く。それは、何も感じていないのではなく、わざと感情を表に出さないように見えた。
「トカゲさんなら、きっとできるよ」
「ありがとうございます。ティト様」
ぺこりと頭を下げるトカゲ頭を見て、ティトもつられて頭を下げる。とても奇妙な光景だった。
「――ティト」
二度と目にすることがないであろう人間と爬虫類のお辞儀合戦をゆっくり鑑賞したあと、愛城は少女の名前を呼ぶ。
「なに?」
「……貴女は強いわ。この私が保証するのだから、誇ってもいいくらいよ」
「うん。ありがとう、あいしろ」
ティトが素直に喜びを顕わにすると、愛城は口を尖らせ「やっぱりやり辛いわね」と小さく愚痴をこぼした。愛城の言葉には若干の皮肉も混じっていたのだが、ティトはそれに気付かなかった。
愛城はため息をついて仕切り直してから、続ける。
「けれど、貴女の強さはひどく脆いわ。他人に依存し過ぎている。トカゲさんに言ったことの繰り返しになるけれど、信頼というものはほとんどが虚像。ほんの少しのきっかけで、人は簡単に変わってしまう。優しかった誰かが、信じられないほど残酷になってしまうことだってあるのよ」
「……うん」
「貴女の強さを否定するわけじゃない。ただ、もう少し自分のためだけに戦いなさい。貴女が大切だと思う人のためではなく、自分自身のために」
愛城の言葉には深みがあった。表面上だけをすくい取った浅いものではなく、心の奥底から滲み出た感情を乗せたような――そんな深みだ。
「……わかった」
だから、ティトはその言葉を心中で反芻してから、静かに頷いた。
大切な人を失うことの恐怖。それはよく知っている。
二度とあんな思いをしないように、そして、少年と共に歩いていくために、ティトは強くなると誓った。
それは、皆本創志が少女の傍にずっといてくれることを前提とした強さだ。
そうではなく、彼と離れ離れになったとしても、1人で立ち上がれる強さ。これからは、そんな強さも必要になってくるかもしれない。
「――でも」
今度は、ティトの方から声を投げる。口にしようかどうか迷ったが、愛城に会えるのはこれが最後かもしれない。なら、訊いておくべきだろう。
「あいしろは、ひとりでさみしくないの?」
「――――」
言葉が、出なかった。
いつもなら、間髪いれずに答えられるはずだ。
愚問だ、と一蹴できるはずだ。
なのに、答えに詰まった。
それは、問いを発したのが、銀髪の少女だったからだろうか。
ティトの言葉は、愛城の心の隙間にするりと入りこむように、真っ直ぐに響いた。
彼女は、自分と同じような境遇の人間――痛みを抱え、迫害されてきたサイコ決闘者を集め、組織を作った。厳密に言えば、彼女は孤独ではないのだろう。
しかし、心の内にまで踏み込んでこようとする――そんな人間はいなかった。
ふと、誰かの姿が頭の隅を掠める。
自分と同じように痛みを抱え、それでも自分とは違う道を選んだ男――
「……馴れ合うのは好きではないの。ただ傷をなめ合うような愚かな関係しか築けないのなら、1人の方がマシよ」
その正体を突き止める前に、愛城は思考を切り替えた。
「…………」
愛城の答えに、ティトは表情を曇らせる。少しきつく言いすぎたかもしれない。
「それでも、貴女と過ごしたこの数時間は、なかなか楽しかったわよ」
「――あいしろ! わたしも、たのしかった」
少女の顔に笑顔が浮かんだのを見て、愛城は踵を返す。
目の前に広がるのは、宇宙によく似た不思議な引力を持つ闇。おそらくはどこかの空間に繋がっているのだろうが、元の世界に戻れるとは限らない。
言葉が、出なかった。
いつもなら、間髪いれずに答えられるはずだ。
愚問だ、と一蹴できるはずだ。
なのに、答えに詰まった。
それは、問いを発したのが、銀髪の少女だったからだろうか。
ティトの言葉は、愛城の心の隙間にするりと入りこむように、真っ直ぐに響いた。
彼女は、自分と同じような境遇の人間――痛みを抱え、迫害されてきたサイコ決闘者を集め、組織を作った。厳密に言えば、彼女は孤独ではないのだろう。
しかし、心の内にまで踏み込んでこようとする――そんな人間はいなかった。
ふと、誰かの姿が頭の隅を掠める。
自分と同じように痛みを抱え、それでも自分とは違う道を選んだ男――
「……馴れ合うのは好きではないの。ただ傷をなめ合うような愚かな関係しか築けないのなら、1人の方がマシよ」
その正体を突き止める前に、愛城は思考を切り替えた。
「…………」
愛城の答えに、ティトは表情を曇らせる。少しきつく言いすぎたかもしれない。
「それでも、貴女と過ごしたこの数時間は、なかなか楽しかったわよ」
「――あいしろ! わたしも、たのしかった」
少女の顔に笑顔が浮かんだのを見て、愛城は踵を返す。
目の前に広がるのは、宇宙によく似た不思議な引力を持つ闇。おそらくはどこかの空間に繋がっているのだろうが、元の世界に戻れるとは限らない。
「また逢いましょう、ティト。今度は私自身の意志で会いに行くわ」
「うん! まってる!」
「うん! まってる!」
銀髪の少女と言葉を交わし、愛城は闇の中へと一歩を踏み出した。