にわかオタクの雑記帳

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魂の重さは400ポイント-2 【遊戯王OCG小説】

「こいつはひでえ……一体誰の仕業だ?」
 変わり果てた仲間の姿を見て、盗賊団の頭である男は怒りを顕わにする。
 王国直属の騎士団に目を付けられ、前のアジトは放棄せざるを得なくなった。放浪の末辿りついた森の中で、捨てられた廃村を見つけた。ここなら騎士団の目も届かないし、仕事を再開するには恰好の場所だった。
 拠点を構える前に、周辺の調査が必要だと部下たちを派遣したのだが、その内の3人が戻ってこなかった。何事かと探しに出てみれば、3人は無残に斬り殺されていた。
「お前ら! 絶対に犯人を見つけ出せ! 八つ裂きにしてやる!」
 頭の叫び声に、団員たちが「オオッ!」と答え、辺りに散らばっていく。すでに日は落ち、森は闇に包まれてしまっているので、松明は欠かせない。
「お頭。ちょっといいですかい」
「何だ?」
「不確かな情報なんですが、この森でダーク・エルフの姿を見たってヤツがいたんですよ。そいつは見間違いだと思って詳しく調べなかったそうなんですが、もしかしたら殺されちまったやつらは……」
「ダーク・エルフを見つけて返り討ちにされた、ってことか。それにしちゃ、殺され方が綺麗すぎる気がするな」
 エルフといえば、武術よりも魔術に優れている種族だ。中には類稀なる才能を生かし剣士になるものもいるようだが、その数は限られている。3人は、どう見ても剣――それも両手で扱うような大剣によって殺されている。エルフやダーク・エルフに扱えるとは思えない。
「人間の協力者がいる、ってことですかい?」
 首をかしげる部下に対し、頭は「ダーク・エルフが本当にいたならな」と前置きしてから、続ける。
「なら、3人の犠牲を払っても釣りが来るぜ。人間の方は拷問の末に殺して、ダーク・エルフの方は調教したあと売り飛ばせばいい」
 そう言って、頭はニヤリと笑う。願わくば、部下の情報が真実であって欲しいところだ。
「頭、根っからの悪党ですね……」
 部下が呆れ半分尊敬半分で言ったときだった。

「ぎゃあー!!」

 すぐ近くの茂みから、別の部下の悲鳴が聞こえてきた。
「何だ!?」
 頭は周囲を警戒しながら、声がした方に松明を向ける。
 と。
 大きな影――獣によく似た「何か」が、恐るべき速度で飛び出してきた。
「――――」
 その影の正体を知る前に、頭の意識は途絶えた。


「人の獲物に手を出そうとするのは感心しませんねぇ」
 ポツリと呟いた男の声を聞く者はいない。
 そこには、首から上を失った死体が、いくつも転がっているだけだった。




「どうぞ。狭くて汚い家で申し訳ないですけど」
 ミアスの言葉に反して、家の中は隅々まで手入れがいきわたっているようだった。
 森の近くにある、木造の小さな一軒家。庭には家庭菜園があり、育てるのが比較的簡単な野菜を植えているようだった。玄関の傍には花壇があり、いくつもの花が咲き乱れている。花の名は知らなかったが、見る者の心を安らかにさせてくれるような光景だった。
「すぐに夕飯の準備をしますから、荷物を下ろしてくつろいでいてくださいな。レシュ、騎士様を客間にお通しして」
「……うん」
 母親にそう言われ、ダーク・エルフの子供は黒騎士を手招きする。人間でいえば5歳くらいの男の子だ。黒騎士の姿を見ても物怖じしないところから、子供ながらに肝は座っているのだろう。
 質素なテーブルと椅子が並んだ居間を抜け、扉をくぐって廊下に出る。
「こっち」
 レシュが向かった先は、廊下の突き当たりにある部屋だった。ベッドの他には衣装棚がひとつあるだけで、決して広い部屋ではなかったが、それで文句を付ける黒騎士ではない。
「すまないな」
 案内をしてくれたレシュに礼を言ってから、黒騎士は背中に担いでいた大剣を下ろす。甲冑を外し、部屋の隅にまとめて置いておく。
「……仕方ないか」
 髑髏の面は外したくなかったが、食事をするというのにこれを付けていては、ミアスやレシュは落ち着かないだろう。黒騎士はやむを得ず面を外し、甲冑の上に置いた。
「ねえ、おじさん」
「……何だ?」
 おじさん呼ばわりされるほど老けてはいないはずなのだが、それを子供に言ってもしょうがない。黒騎士はレシュの方に向き直る。本当なら彼が話しやすいように屈んだ方がいいのだろうが、これ以上親しくなるつもりはなかった。
「ボクに、剣を教えて」
 小さな拳をギュッと握り、レシュは懇願するような瞳で見つめてくる。
「ボク、強くなりたい。お母さんを守りたいんだ」
 言葉は少なかったが、そこに込められた決意は、はっきりと分かった。
「お父さんは死んじゃったし、お母さんを守るのはボクしかいないんだ。男は、女の人を守るものなんでしょ? お父さんが言ってた。だから……」
「悪いが、それは出来ない」
 レシュの気持ちを理解した上で、黒騎士はきっぱりと告げた。
「俺は人に剣を教えられるほど強くはないし、真っ当でもない。それに、子供のお前が剣を振るったとしても、倒せる相手など限られている」
 子供に人殺しはさせたくない――理想論を心に閉じ込めつつ、黒騎士はレシュを突き放す。そもそも、ここに留まるのは一晩だけだ。わずかな時間で教えられるほど、剣術は甘くない。
「でも! ボクだって、おじさんみたいにデッカイ剣を使えれば――」
 ここまで無下に断られるとは思っていなかったのか、焦った様子のレシュが、壁に立てかけてある大剣に手を伸ばす。

「触るなッ!!」

 思った以上に大きく、鋭い叫び声が出た。
「ひっ……」
 突如響いた大声に驚いたレシュが、身をすくませる。
「……驚かせてすまない。だが、その剣に触っちゃダメだ。呪いがかかってる」
「……呪い?」
 すっかり縮こまったレシュが、おっかなびっくり訊いてくる。その姿を見て、黒騎士は罪悪感を覚える。ここまで怖がらせるつもりじゃなかった。
 それに、「呪い」のことを他人に喋るわけにはいかない。これは、自分が背負うべき業だ。軽々しく口にしていいものではない。
「呪いって、どんな呪いなの?」
「……それはだな」
 重ねて訊いてくるレシュを見ていると、先程のミアスの姿が重なる。この強引さ……やはり親子だと言うべきか。
 答えに詰まった黒騎士は、何かいい嘘はないものかと必死に頭を巡らせ、
「と、トマトが食べられなくなる呪いだ」
 珍回答を口にしてしまった。
「……何それ。変なの!」
 それを聞いたレシュが、こらえきれなくなったように吹き出す。レシュの笑顔を見たのは、これが初めてだった。
「じゃあ、ボクが大きくなったら、その呪いを解いてあげるよ」
 ひとしきり笑った後、レシュはいきなり突拍子もないことを言い出す。
「……どういうことだ?」
「お母さんが言ってたんだけど、エルフには呪いを解く力があるんだって。ボクはまだ子供だから出来ないけど。そうだ! だったらお母さんに……」
「やめておけ。くだらない呪いのために、手を煩わせることはない」
 黒騎士が言うと、レシュは「それもそうだね」と頷いた。
 しかし、エルフに呪いを解く力が備わっているとは初耳だった。それが本当なら……
 ――いや、これ以上考えるのはやめよう。
 黒騎士は壁に立てかけた大剣を見つめ、己の業を再認識した。


「ごめんなさい。先程はレシュがご無礼を――」
「いや、気にしないでくれ。悪いのはこっちだ」
 黒騎士の叫び声を聞き付けてやってきたミアスに事情を説明すると、何度も頭を下げられた。それをなだめて台所に追い返したあと、レシュにこれまで旅で巡った場所の話……と言っても、人の寄りつかない廃村や、常に吹雪が吹き荒れている雪山、タチの悪い怪物が住みついている湿地帯など、ロクな話がなかったが、それでもレシュは楽しそうに聞いていた。
 やがて料理が出来上がり、黒騎士はレシュと共に居間へと戻る。テーブルには、ミアスが話していたシチューの他にも、ガーリックを塗ってこんがり焼かれたトーストと、色とりどりの野菜が盛りつけられたサラダが並んでいた。ちなみに、サラダにトマトは入っていなかった。
「お待たせしてごめんなさい。さ、座ってくださいな」
 黒騎士は、勧められるがまま席に着く。隣では、「いただきまーす!」と元気よく言ったレシュが、早速シチューをかきこんでいた。
「……いただきます」
「はい。召し上がれ」
 ニコニコと笑うミアスの視線を受けながら、黒騎士はシチューをすくって口に運ぶ。
「――これは」
「どうです? お口に合いましたか?」
 ミアスの問いに、黒騎士は素直に頷く。
 美味い。濃厚な甘さが口の中に広がるが、不思議としつこさを感じない。まろやかでコクがあり、野菜は食感を楽しむためにわざと大きめに切ってある。
 しかし、それだけではこの美味さは説明がつかない。
「……何か隠し味を入れているのか?」
 黒騎士が呟くと、ミアスは顔をぱあっと輝かせ、うれしそうに手を叩く。
「そう! そうなんです! 森で採れるイユの実をすり潰して粉末にしたものを、ちょっとだけ入れてるんです。そうすると、甘さが引き立つんですよ」
 待ってましたと言わんばかりに、席を立ったミアスは、台所から粉末が入った小鉢を持ってくる。これがイユの実をすり潰したものなのだろう。微かに植物独特の甘い香りが漂ってきた。
「この隠し味に気付いたのは、あなたが2人目ですよ、騎士様」
「2人目?」
「1人目はわたしの主人です。もう亡くなりましたが……」
 平静を装いつつ言ったミアスだが、その藍色の瞳に悲しみが浮かぶのを黒騎士は見逃さなかった。
「戦争に行ったきり、帰ってこなかったんです。部隊の方が知らせに来てくれなかったら、今も帰りを待ち続けていたと思います。そういう意味では、まだわたしは幸せだったのかもしれません。主人が死んだことを、きちんと知ることができたから」
「…………」
「このペンダント、主人が遠征先で買ったものらしいんです。帰ったら妻に渡すんだって」
 そう言って、ミアスは首から提げていたペンダントを掌に乗せる。天使の羽をモチーフにしたような、シンプルなものだった。
「あ、ごめんなさい。会ったばかりの人に……しかも食事中に話すようなことじゃなかったですね」
 たはは、と誤魔化すように笑ったミアスは、話の内容がよく分かっていない様子のレシュにも謝ると、「冷めないうちに食べましょう」と食事の再開を促した。
「……無理はするなよ」
 黒騎士はミアスに聞こえないよう、わざと小さな声で呟いた。
「え?」
 が、当の本人にはしっかり聞こえていたようで、
「今、なんて言ったんですか? もう1回言ってくださいよー」
 その後、食事が終わるまでしつこく食い下がられるのだった。