にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

魂の重さは400ポイント-4 【遊戯王OCG小説】

 回避は出来ない。攻撃範囲が広すぎる。
 黒騎士は背中の大剣を盾のように構えると、地面を強く踏みつける。
 衝撃。
 剣ごと黒騎士を押し潰さんと、光の奔流が圧倒的な質量をぶつけてくる。
 徐々に剣を傾けることによって勢いを逃がしつつ、耐える。
 ――攻撃が止まった瞬間に、勝負を決める。
 反撃のチャンスを窺いつつ、大剣を握る両手に力を込めた。
「ヒョッホ! さすがは噂の騎士様だ! エンジェルO7の攻撃を受け止めるとは! しかし、このエンジェルO7には特別な力が備わっていましてねぇ! あなたの剣に宿った呪い――それを打ち消すことができるのですよ! さあ、いつまで耐えられますかな!?」
 ドザッキーの耳障りな声が響く。すでに安全な場所に退避したのか、姿は見えない。
 ガリガリガリ! と刃が削られていく。このままいけば、いずれ光が剣を貫通するだろう。
 攻撃が止まるのが先か。
 剣が砕かれるのが先か。
 ギリ、と黒騎士が奥歯を噛んだ、刹那だった。
「――――」
 攻撃が、止まる。
「ッ!!」
 瞬間、黒騎士は弾かれるように跳躍していた。
 敵の全容は把握していないが、知ったことではない。
 この剣は、ただの剣ではない。
 「ダーク・クルセイダーを生かす」という呪いを帯びた、いわば魔剣の類。どんなモンスターであろうと、それが黒騎士の命を脅かすものなら、一瞬で斬り裂くことができる。
 黒騎士が大剣を振りかぶると同時、敵の姿が顕わになる。
 それは、天使の像だった。
 一切の汚れを許さない、純白の像。荘厳さと清らかさを兼ね備えた聖なる天使――エンジェルO7。
 対峙する白と黒。
 そこで、騎士は気付いた。

 このペンダント、主人が遠征先で買ったものらしいんです。帰ったら妻に渡すんだって――

 エンジェルO7の首に、ミアスのペンダントが埋め込まれていることに。
 わずかに、剣を振るタイミングが遅れる。
 ガキィン! と、鋼鉄がぶつかる音が鳴る。
 黒騎士の刃は、天使の像の右腕に阻まれていた。
「な――」
 斬撃を防いだエンジェルO7は、そのまま無造作に右腕を振るう。
 吹き飛ばされた黒騎士は、壁に激突する。背中全体に鈍い衝撃が広がり、受け身を取ることすら出来ずに地面に叩きつけられる。
「ぐ……は……」
 大剣を杖代わりにして、何とか立ち上がろうとする。纏った黒の甲冑には、あちこちに亀裂が走っていた。
「言ったでしょう! エンジェルO7にはあなたの呪いを打ち消す力があると! あなたの剣では、エンジェルO7を斬ることはできません!」
 ドザッキーの自慢げな高笑いが響き渡る。ただひたすらに不快だ。
 呪いを消す力――そのワードが、レシュとの会話を思い出させる。

 お母さんが言ってたんだけど、エルフには呪いを解く力があるんだって。ボクはまだ子供だから出来ないけど。そうだ! だったらお母さんに――

「貴様……まさかミアスを……!」
「ノンノン。母親だけでは足りませんよ。親子仲良く、我が試作品の材料になっていただきました。ついでに盗賊たちを始末した出来そこないの合成獣もね」
「…………ッ!!」
 全身を巡る血が、沸騰したかのように熱を帯びる。
 こいつだけは、絶対に許さない――

「本当ならもう少し時間をかけるつもりだったのですがねぇ。呪いの騎士が来ているのを知って、急遽予定を早めたのですよ」

 しかし、ドザッキーの言葉を聞いた途端、一気に全身が冷たくなった。
「あなたは、試作品の力を計るための絶好の人材でしたからねぇ。このチャンスを逃すわけにはいかないわけですよ。ですから、多少強引な手を使わざるを得なくなってしまいました。人が住んでいる気配を消して油断させるためにこんな場所を使ったのに、台無しです。予定では母親だけで事足りたのですが、何分準備不足でして。子供も使っちゃいましたよ。ダーク・エルフは貴重な実験材料ですから、次の試作品のために保存しておきたかったのですが」
「何を……」
 言っているんだ、と言ったつもりだったが、後半は声にならなかった。
 今まで渦巻いていた怒りが、急速に冷めていくのが分かった。
 まただ。
 また、巻き込んだ。
 自分のせいで、巻き込んでしまった。
 自分がミアスたちに関わらなければ、こんなことにはならなかった。
 自分がミアスたちを大切だと思わなければ、こんなことにはならなかった。
 こんなことには――
「さあ! トドメを刺すのですエンジェルO7!」
 ドザッキーの命令を受けて、エンジェルO7の頭部に埋め込まれた宝玉に光が集まっていく。最初に放った光の奔流を、もう一度ぶつけてくる気だろう。
 黒騎士は、未だ立ち上がれない。
 いや、立ち上がらない。
 これは、罰だ。
 彼女たちを巻き込んでしまったことの、罰。
 ならば、甘んじて受け入れるべきだろう。
 呪いの騎士は、ここで死ぬ。
 光が放たれる。
 今度は、大剣で防ぐことはしない。
 浄化の光ともいうべき白が、黒騎士の体を呑みこんでいく――


 ユルサナイ。
 
 頭の中で声が響く。

 アナタハ、イキルノ。

 響く。

 イキテ、エイエンニクルシムノ。

 響く。

 タイセツナモノヲウシナッテ、クルシムノ――


 何度も、何度も、何度も、彼女の声が響く。
 黒騎士は、怨嗟の言葉を全て受け止める。一言たりとも聞き逃しはしない。
 それが、自分の役目だから。
 どれほどの時間、彼女の声を聞いただろうか。
 ザン! と。
 いつの間にか、黒騎士は天使の像を両断していた。
 ミアスとレシュが変貌して生まれたエンジェルO7を、躊躇なく斬っていた。
 声が、響く。

 ありがとう――

 最後に響いた声は、かつて愛した彼女のものではなかった。



「フヒ……フヒヒヒヒヒヒヒ! さすがは噂の黒騎士だ! ワタクシ程度の試作品では、歯が立たないというわけですか!」
 エンジェルO7の陰に隠れていたドザッキーは、狂ったような笑い声を上げる。
「ですが、ワタクシはエンジェルO7と同じ……いや! それ以上の力を持った盾を作っていたのです! この盾があれば、呪いの大剣など怖くは――」
 男の声は、そこで途切れた。
 何故なら、ドザッキーの体は、盾ごと真っ二つになっていたからだ。
「フヒ……?」
 自分が死の目前にいることにすら気付かず首をかしげる男に、黒騎士は告げる。

「ひとつ教えてやる。これは呪いの剣じゃない。呪いは、俺自身にかかっているんだ」

 黒騎士の言葉を理解することなく、中年の科学者は絶命した。




 エンジェルO7の亡骸を前に、黒騎士は力無く佇む。
 自分が巻き込み、自分が殺した。
 もう何度目だろうか。こんな風に、大切なものを失うのは。
 頭の中に声が響く。

 マタ、ツヨクナッタネ――