にわかオタクの雑記帳

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魂の重さは400ポイント-3 【遊戯王OCG小説】

「……よし、そろそろいいか」
 窓の外が完全に闇に染まった頃。隣の部屋にいるであろうミアスとレシュが寝静まったのを察し、黒騎士は髑髏の面を被る。音を立てないよう慎重に甲冑を纏い、背中に大剣を担ぐ。
 最初は一晩だけ厄介になるつもりだったが、2人と話していて気が変わった。ミアスたちに気付かれないよう、すぐにこの家を離れなければならない。
 ここは、自分のような人間がいていい場所ではない。
 家の中の明かりは全て落とされていたが、建物の構造さえ把握していれば、暗闇を歩くことなど造作もないことだ。黒騎士はミアスたちの部屋の扉を見つめたあと、素早く家から出た。
 冷たい外気が、面の下の肌に突き刺さる。黒騎士は一度だけため息を吐き、ミアスたちの家から離れ、森の中へと戻っていった。

 かつて、騎士には志を共にする仲間がいた。
 自分と違い、勇敢で、優しく、可憐な女性。
 騎士は、女性のことを愛していた。女性も、騎士のことを愛していた。
 騎士は誓った。愛する彼女を必ず守ると。
 女性は誓った。愛する彼を必ず守ると。
 この愛があれば、恐れるものなど何もないと。
 戦いの最中で、共に剣を取った2人は、愛の名のもとに互いを守り抜くと誓った。
 だが。
 死の恐怖を目の当たりにして、騎士は誓いを果たせなかった。
 人間の力を遥かに超えた、恐るべきモンスター。
 その力を前に、騎士は地面に這いつくばるしかなかった。
 無様に。
 情けなく。
 愛する女性が殺されるのを、ただ黙って見ているしかなかった。
 誓いを果たすなら――愛が力を生むのなら、立ち上がらなければならなかった。
 例え自分が死ぬことになっても、2人とも助からなくても、立ち向かわなければならなかった。
 そんな状況で、騎士は――
 自分が生き延びることを、考えていたのだ。

 その後、救援に来た仲間たちによってモンスターは討伐された。
 彼女は死んだ。自分は生き残った。
 騎士は、後悔した。何故自分は彼女を見捨てたのかと。
 自責の念に堪えかね、命を断とうとした。愛用していた剣を、腹に突き刺そうとした。

 ユルサナイ。

 出来なかった。
 剣を突き刺そうとした途端、金縛りにあったかのように体が動かなくなったのだ。

 シヌナンテ、ユルサナイ。

 イキルノ。

 イキテ、エイエンニクルシムノ――

 頭の中に響く声が彼女のものであることはすぐに分かった。
 これは、呪いだ。
 彼女を見捨てた罪。それによって生まれた呪い。
 死ぬことは許されない。

 イキテ、タイセツナモノヲウシナウノ。

 ウシナウタビニ、クルシミナサイ――



 ミアスたちには、このまま平穏に暮らしていて欲しい。そう思ったからこそ、黒騎士は家を出た。自分が大切だと思ったものは、いつも失ってきたからだ。あのまま居座れば、いずれミアスたちも――
 暗い森の中を歩きながら、黒騎士は周囲を探る。ミアスたちをさらおうとした盗賊団の仲間が潜んでいないか、注意深く観察する。森の中を調べつつ、最後は長い間放棄されている廃村に向かうつもりだった。アジトを構えているとすれば、廃村にある可能性が高い。ここを去る前に、盗賊団の脅威は取り除いておきたかった。
 だが、廃村に辿りつく前に、森の変化に気付く。
「これは……」
 濃い血の臭い。雑草にべったりと貼りついた赤い液体。散らばる肉片。
 獣に襲われたような死体が、いくつも転がっていた。
 死体は皆、黒騎士が殺した男たちと同じような格好をしていた。正確な数は分からないが、おそらく盗賊団は全滅だろう。
 ――妙だ。この森には、人を襲うような獣はいなかったはず。
 でなければ、ミアスたちが立ち入るわけがない。別の場所から移ってきたとも考えられるが、昼間歩いている時はそんな気配は感じなかった。夜行性の獣なのか、それとも――
「……血が続いているな」
 見れば、滴り落ちたであろう血痕が、森の奥へと続いている。
 黒騎士は、迷うことなくその痕を追った。



 血痕は、廃村の入り口のところで途切れていた。
 元々十数人しか住んでいなかったであろう、小さな村だ。木造の家は柱だけを残して崩れ落ち、コンクリートで作られた建物はあちこちに穴が空いている。寂れた空気が村全体を覆っており、どう見ても人が住んでいるようには見えない。
 黒騎士はひとつひとつ慎重に建物を調べていくが、獣の気配はない。
 ――村に入ったのではなく、森に引き返したのか?
 疑問を覚えつつも、最後に残った教会の跡地らしき建物に足を踏み入れる。
「…………」
 空気が変わった。黒騎士は、一瞬でそれを感知する。
 依然、人の気配も獣の気配もない。だが、確実に何かがいる。
 黒騎士は、祭壇の前まで歩みを進めると、灰色の地面を注意深く観察する。
「――あった」
 昔に、この場所と似たような教会に入ったことがある。そこには、地下に通じる隠し階段があったのだが、どうやらここも同じだったようだ。
 黒騎士が微妙に色の薄いブロックを踏むと、祭壇の裏でガコンと音が鳴る。裏手に回ってみると、石の床がスライドして地下への入り口が開いていた。
 いつ敵に襲われても不思議ではない。黒騎士は警戒心を強めながら、地下への階段を下っていく。進む度に、硫黄のような刺激臭が増していくのが不快で仕方なかった。
 階段を下りきり、石で作られた通路を進む。壁に設置された燭台に火が灯っていることから、誰かがいるのは明白だ。
 どれほど歩いただろうか。通路は、広間へと繋がっていた。
 薄暗い場所だった。明かりが足りないせいで、正確な広さは測り辛いが、とにかく広いことは確かだ。見上げても天井は見えず、左右の壁まではかなりの距離がある。

「ようこそ。呪いの騎士よ!」

 ヘドロのような色の絨毯が敷かれた広間で、その男は声を張り上げた。
 前髪が後退した、小太りの中年だ。暑いわけでもないのに額には汗が滲み、分厚い唇からはふうふうと息が漏れている。首に巻いたネクタイは緩みきり、羽織った白衣のボタンはかろうじて止まっているものの、サイズが小さいせいで今にも吹き飛びそうだ。
 こんな場所よりも、パン屋でパンを焼いていたほうが似合いそうな風貌の男だった。
「誰だ? 貴様は」
「我が名はドザッキー! かの有名なコザッキーを兄に持つ、科学者なのですよ」
 ドザッキーもコザッキーも聞いた事のない名だ。
 黒騎士の鈍い反応を予想していたのか、ドザッキーと名乗った中年は、自分に酔ったような調子で続ける。
「あなたがワタクシを知らないのも無理ありません。ワタクシは研究者としてはまだ駆け出しですから。ですが、あなたのことは噂で聞いておりますよ? 呪いの騎士さん。ワタクシは、あなたにずっと会いたかったのです」
「…………」
「あなたにワタクシの研究成果をお見せしたくてね。ここで待っていれば、いつか来ていただけると信じておりました」
「研究成果、だと?」
 黒騎士が訝しげな声を出すと、ドザッキーは両腕を開いて恍惚の表情を浮かべる。
「ええ! つい先程、試作品第1号が仕上がったところです! 早速見ていただきましょう! カモン、エンジェルO7!」
 パチン! とドザッキーが指を鳴らすと、彼の背後で何かが蠢く。
「――ッ!」
 それが危険なものであると黒騎士が判断した瞬間。

 ドバァ! と。

 広間の闇をかき消すほどの光の奔流が、黒騎士目がけて放たれた。