にわかオタクの雑記帳

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魂の重さは400ポイント-1 【遊戯王OCG小説】

 大切なものを切り捨てる度に、その剣は鋭さを増す。


「オラッ! そっちに行ったぞ! 逃がすな!!」
 普段は静寂に包まれている深緑の中を、荒々しい怒号が切り裂く。
 ひそやかに咲いていた小さな花たちが容赦なく踏み潰され、小動物達は侵入者たちに怯え、姿を隠してしまう。
 夕陽の赤い光が木々の間から差し込み、影を伸ばす。もう少しすれば夜が訪れ、森は闇を纏うことで昼間とは正反対の顔を覗かせる。迷い込んだものの命を奪う、冷酷な一面を。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
 歩き慣れたはずの森が、まるで別物に見える。華奢な両脚を懸命に動かしながら、エルフの女はそう思っていた。無我夢中で走っていたため、褐色の肌には無数の切り傷があり、右頬の傷からは今もなお出血が続いている。
「お母さん……」
 女に抱かれているエルフの子供が、不安そうな声を出す。母親である女は、両腕で我が子をきつく抱きしめることで不安を和らげようとする。
「こんなところでエルフの親子を見つけられるなんてラッキーだったぜ。エルフは高く売れるからなァ」
「馬鹿。エルフじゃなくてダーク・エルフだぞ。エルフよりレア物だ。ダーク・エルフはエルフよりも好戦的だから、戦争でほとんど死んじまってるからな」
「マジかよ! そいつはダブルラッキーだぜ!」
 エルフ――いや、ダーク・エルフの女の後方から、下品な笑い声が聞こえてくる。話の内容からするに、彼らは人身売買を行っている盗賊団のようだ。この森の近くに人が住んでいないことは確認済み。ということは、たまたま通りかかったか、新たに拠点を構えたかのどちらかだ。
 本来、この森には危険な野獣も生息しておらず、人が立ち入ることは滅多にない場所だった。だからこそ、子供と2人で散歩に来たのだが、不運にも盗賊団に見つかってしまった。
「はあっ、はあっ……!」
 息が上がる。足が鉛のように重い。すぐにでも走るのをやめてしまいたい衝動に駆られる。
 ――そんなことはできない。
 腕の中にいる命よりも大切な存在が、女を奮い立たせる。
 しかし。
「げへへっ、捕まえたぜぇ!」
 心構えひとつで状況が打開できるほど、現実は甘くなかった。
 木々の影に潜んでいた筋肉質の男が、下劣な笑みを浮かべながら、ダーク・エルフを捕えるためにたくましい腕を伸ばした。
 当然、それに抗う術など無い。
 服の襟を掴まれ、その場に引きずり倒される――

 はずだった。

 ブゥン! と、風が唸りを上げる。それは、何かが振り下ろされた音だった。
「は……?」
 血しぶきをまき散らしながら、男の腕が宙を舞う。男はそれを茫然と見ていた。
 雑草を赤色に染めながら、綺麗に両断された腕が地面に落下する。男は地面に転がったそれと、自らの腕を見比べて、ようやく事態を把握した。
「あ……あああああッ!? 俺の腕がッ!?」
 理解が追いついたことで激しい痛みに襲われたのか、筋肉質の男はその場でのたうち回る。肘を押さえながら、みっともなく悲鳴を上げる。

「――邪魔だ。俺の前に立つな」

 ダーク・エルフの女は、思わず足を止めていた。
 男の腕を切り落としたのは、クレイモアと呼ばれる幅広の両手剣。刃の重量だけでなく、切れ味も重視した剣である。
 それを、片手で軽々と振るった、漆黒の鎧を纏った異形の騎士。
 黒ずくめの格好も異質と言えば異質だが、それよりも目を引くのは、表情を覆い隠すように被った骸骨の面だ。薄汚れた赤色の長髪と合わせて、吸血鬼や悪魔といった怪異を連想させる。赤い外套の裾は無造作に破れ、黒の鎧からは輝きが失われている。
 たった今死地から戻ってきた、あるいはこれから死地に赴くような空気を纏った、黒の騎士。
 それが、彼女を助けてくれた救世主だった。




 ――また、余計なことに首を突っ込んだな。
 血に濡れた刃を見て、黒騎士――ダーク・クルセイダーは嘆息した。
 この森を通ったのは、なるべく人目を避け、面倒事に巻き込まれないようにするためだった。それが裏目に出てしまったようだ。
「何……しやがんだ……このクソ野郎ッ!」
 ひゅーひゅーと荒い鼻息を鳴らしながら、男が睨みつけてくる。
 詳しい事情は分からないが、逃げ惑うダーク・エルフと、追い回す男の身なりを見れば、おおよその見当はつく。もっぱら、ダーク・エルフを貴族の好色家連中に売り飛ばそうって算段だろう。胸糞が悪くなる商売だ。
「言っただろう? 邪魔だ、と。俺の進路上にお前が立っていた。邪魔だったから斬った。それだけだ」
 しかし、黒騎士は正義感を表に出すようなことはしない。
 自分には、その資格がないことを知っているから。
「ふざけんなッ! 野郎、ぶっ殺してやる……!」
 怒りで痛みを誤魔化すように吠えた男が、腰に差していた剣を抜き放つ。銀の刃が、夕陽を受けてギラリと輝いた。
「……殺意を見せたなら、容赦はしない」
 瞬間。
「あ……?」
 男の胴体を、幅広の刃が貫いていた。
 鍛え上げられた腹筋は、何の意味もなさなかった。
 黒騎士が大剣を引き戻すと、男は断末魔を上げる暇もなく絶命した。
 ――元より、容赦する気などなかった。
 こういう手合いは、口でいくら言っても改心する事はない。表面上だけ取り繕って、ほとぼりが冷めた頃に同じことを繰り返すだけだ。見逃せば、別の被害者が生まれる。
「おい! どうした!?」
「これは……何してくれてんだテメエ!」
 だから、新たに現れた男の仲間にも、黒騎士は情けをかけなかった。
 命を奪う。それが確実なやり方だ。



「……助けていただいて、ありがとうございました」
 そう言って、ダーク・エルフの女は頭を下げた。近くに転がる3つの骸を子供に見せないよう気を使いながら。
「礼を言われるようなことはしていない。それより、さっさとこの場を離れた方がいい。人攫いを商売にしている盗賊団が、3人だけとは考えにくい。近くに仲間がいるはずだ」
 クレイモアを背中に担ぎながら、黒騎士はぶっきらぼうに言い放つ。
「ご忠告ありがとうございます。けれど、命を救っていただいた騎士様と、このままお別れというわけにはいきません。何かお礼をさせてください」
 女の申し出に、黒騎士は驚きを覚える。ダーク・エルフという種族はエルフよりも好戦的だと聞いていたが、この女性からは一切の戦意を感じられない。最も、胸に抱く子供に危害が及べば話は別だろうが。
「わたしの名前はミアスと言います。この子はレシュ。もうすぐ日が落ちますし、よかったら――」
「先を急いでいる。俺に関わるな」
 ダーク・エルフの母親――ミアスの声を遮って、黒騎士は冷たく告げる。
 見返りが欲しくて助けたわけじゃない。むしろ、その逆だ。一刻も早く自分の前から立ち去ってほしかった。

 ――せっかく助かった命なのだから。

 自分に関わるとロクなことにならない。「今までの経験」から、黒騎士はそれを痛いほど知っている。だから、わざと冷たい態度を取り、他人を遠ざけるようにしているのだ。
 にも関わらず、ミアスはいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、
「えっと、じゃあ騎士様はこれからどちらに向かわれるのですか?」
 問いを投げかけてきた。
「……森を抜けて、霞の谷に向かう予定だ」
 ミアスの真意を探りつつ、黒騎士は嘘を吐いた。
 本当は行く先など決まっていないし、霞の谷に用事などない。
 ただ、朽ち果てるまでの時間を浪費するために、旅をしているだけだ。
 たった独りで。誰も巻き込まないように。
 だが、そんな黒騎士の願いも空しく、
「それならちょうどいいですね。わたしたちのお家、霞の谷に向かう途中にあるんですよ。うふふ」
 頬に手を当てたミアスは、心底うれしそうに微笑む。
「是非泊まっていって下さいな。特製のシチューをご馳走しますから。美味しさのあまりほっぺた落ちちゃうと思います。期待してくださいね」
「…………」
 さっきまで命を狙われていたというのに……ミアスの能天気さに呆れながら、黒騎士はため息を吐く。どうやら、申し出を断ることは出来なそうだった。
 もし、彼が完全に情を捨てた冷血な男だったら、苦もなく断ることができただろう。
 それができなかったのは、彼がまだ人間であることの証明であった。