にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 3-4

「ちょっとごめんよ。道を尋ねたいんだけど」

 さらなる割り込みが、ミハエルたちの背後から入ってくる。
 振り向けば、全身を紫色の衣服で包んだ男が立っていた。服の上からでも分かるほど痩せこけており、頬も大分くぼんでしまっている。
 しかし、その瞳は生気に満ち溢れたようにギラギラと光っており、普通なら病人のように見える顔の印象を一変させている。耳には隙間なくピアスを付けており、首からはいくつものネックレスを提げている。
 そして、左腕に服装と同じ紫色のデュエルディスクを装着していた。
「道、ですか」
 男の風貌から怪しい匂いを感じ取ったミハエルは、警戒しつつ言葉を返す。
「ああ、ちょっと迷ってしまってね。さっきから見てたけど、あんたらセキュリティの人間なんだろ? だったら地理には詳しいんじゃないかと思ったわけだ」
「……そうですか」
 つまり、この男はミハエルたちを尾行していたのだろうか。別段セキュリティの捜査官であることを隠していたわけではないが、大っぴらにアピールしていたわけでもない。聞きこみを行っている現場を目撃すれば、ミハエルたちがセキュリティの人間であることを気付いてもおかしくないが――
(どうも引っかかるな)
 素直に納得はできなかった。道を尋ねるだけなら、適当な店の店員でもいいような気がする。
「分かりました。それで、どちらに向かわれる予定なのですか?」
 ミハエルが相手の考えを探っている隙に、腰を上げた天羽がにこやかな笑顔と共に男と向かい合う。なんて変わり身の早さだ、とミハエルは舌を巻く。
 男はズボンのポケットから1枚のメモを取り出し、天羽に差し出す。どうやら目的地の住所が書かれているようだった。
「口で説明されても分かんないだろうから、できれば直接案内してくれよ。これ以上待ち合わせ時間に遅れるわけにはいかないんだ」
 言葉とは逆に、男に焦った様子は見られない。むしろ、余裕さえ感じさせた。
 ミハエルは天羽が受け取ったメモを覗きこむ。書かれていた住所は、ラリラリストリートからはかなり離れていた。
(……この住所には、確か木材を貯蔵しておく倉庫があったはず。現在は使われていないと思ったが……そんな場所で待ち合わせ?)
 男に抱いた疑念がますます濃くなっていく。考えようによっては、ミハエルと天羽を誘い出しているようにも取れる。セキュリティの人間を誘い出す理由とくれば、穏やかなものではあるまい。
「了解しました。それではご案内させていただきますね。行くぞ、ミハエル君」
 天羽がどんな考えを持っているのかは読めないが、男の言うことを真に受けている可能性は低いだろう。つまり、何らかの考えがあって、男を案内することを決めたはずだ。ここは大人しく従っておくとしよう。
「……了解っス、天羽先輩」
「おお、助かるね。じゃ、さっさと行こうか」
 顔をほころばせた紫ずくめの男は、先導した天羽の後を追って、意気揚々と歩き始める。
 ミハエルは男の後ろをついていく形になったが、その背後からかすかに歌声が聞こえてくる。きっと路上ライブを行っていた少女が、また歌い始めたのだろう。
「いい歌だなぁ」
 誰に向けたわけでもなく、男がポツリと呟く。

「――腐らせてやりたい」

 狂気に満ちたその言葉は、ミハエルの耳には届かなかった。










 ミハエルの記憶通り、辿りついた木材倉庫は使われている様子が無く、もぬけの殻だった。
 広さは標準的な学校の体育館と同じくらいか、やや狭いくらいだが、物が無いせいで広々とした印象を受ける。等間隔に立っている鉄の柱はすでに錆びついており、使われなくなってから随分と経っているようだ。
 ここに来るまでに、すでに夕日が傾き、橙色の光が割れた窓から差し込んでいる。
 結局倉庫の中にまで入ってきてしまったが、男の待ち合わせ相手の姿は見えない。
「待ち合わせ場所はここで間違いないですか?」
 感情を殺した事務的な声で、天羽が尋ねる。
「ああ。間違いない。ここだ」
 対し、紫ずくめの男は、ミハエルたちに背を向けたまま答える。
「そうですか。それでは、私たちはこれで――」
「待ちなよ」
 メモに書かれた住所に案内し、天羽の役目は終わった。
 にも関わらず、男は立ち去ろうとした天羽を呼びとめた。
「――あんた、サイコデュエリストだろ? ああ、男のほうは違う。というか、男のほうに興味は無いからさっさとどっかに行ってくれ」
「な――」
「隠しても無駄だ。俺には分かるんだよ。具体的に説明はできないが、肌が粟立つんだ。ゾクッ、てな。本能が『あいつはサイコデュエリストだから危険だ』って訴えてんのかもしれないな」
 表情を見せずに語り始めた男。
 ミハエルは警戒心を顕わにし、男の次の行動に備えつつその背中を注視する。生憎拳銃は携帯していないが、妙な動きを見せた瞬間飛びかかるつもりだった。
 ミハエルの隣に立つ天羽は、腕を組んだまま微動だにしない。
「でも、俺はワクワクするのさ。女のサイコデュエリストを見つけたときは特に、だ。あんたのような上玉を見つけたときなんか、エクスタシーを感じちゃうね」
 言いながら、紫づくめの男の体が震える。

「――腐らせてやりたいってさぁッ!!」

 ぐるん! と突然振り向いた男は、歯をむき出しにして狂ったような笑顔を浮かべていた。