にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 4-1

 詠円院(えいえんいん)。
 ネオ童実野シティ繁華街からは離れた場所にある小さな診療所で、近くにはネオダイダロスブリッジへの入口がある。診療所というよりも広めの一軒家に見える建物だが、院長である矢心詠凛の腕前の凄さはある種の噂となっており、わざわざネオ童実野シティの外から足を運ぶ患者がいるくらいだ。最も、現在は旧サテライト地区にある第二詠円院での診療が主となっており、こちらの診療所は矢心の弟子であるメディ・コリーランが受け持っている。
 が、入院患者の定期検診のため、3週間前から矢心院長が滞在していた。
 隅々まで磨かれた清潔感溢れる廊下を、神楽屋はゆったりとした歩調で歩く。壁紙は暖かさを感じさせる淡いクリーム色で統一されており、窓から差し込む穏やかな陽気が心地良い。
(何度来てもここの空気は変わらないな)
 万人を受け入れるような、大らかな雰囲気。過去の記憶を掘り起こし、神楽屋は思い出に浸る。
 「朱野天羽」とプレートが掛けられた病室の前で足を止め、木製の扉をノックする。
「どうぞ」
 簡潔な返事があった。
 古い知り合いである天羽から緊急の呼び出しを受けた日――廃棄された木材倉庫で天羽とその部下を救出した日から、2週間が経過していた。
 触れたものを強制的に腐敗させる能力を持った術式<アンデット・ワールド>によって両足を負傷した天羽は、神楽屋の口利きによってこの詠円院に入院することになった。
 天羽のことだ。動けるレベルまで回復したら、すぐに病室を抜け出すに決まっている。治りかけの状態で無理をされるくらいなら、名医と名高い矢心に治療してもらうことで、少しでも早く回復したほうがいいと判断してのことだった。実際、矢心の腕前は天羽も認めているわけだし。
(……少しでも早く回復するように、か)
 5分ほど前、詠円院の入り口での矢心との会話を思い出す。
 ――天羽の回復速度は異常よ。骨まで腐敗しかけていたっていうのに、たかが2週間でもう皮膚が再生しているなんて。
 医師としてのプライドを打ち砕かれたような表情で、矢心はそう漏らした。
 天羽は今日退院する予定だ。おそらくそのまま現場復帰するのだろう。
 その前に色々訊いておきたいこともあったし、どんな様子なのかも見ておきたかったので、こうして最後の見舞いに訪れたというわけだ。
 すでに入室の許可は下りている。神楽屋は銀色のノブを回すと、扉を開いた。
 最初に飛び込んできた光景は――

 下着姿の黒髪美人だった。

「うわ……っ!?」
 神楽屋は慌てて視線を逸らすが、シンプルなデザインのショーツに包まれた艶やかな肢体が目に焼き付いて離れない。しかも、ノーブラときた。
「なんだ、神楽屋か。わざわざ様子を見に来てくれたのか? すまないな」
 下着姿を見られたというのに、天羽は全く動じる様子も見せず、ケロリと言い放つ。
「ちょっと待っていてくれ。着替えを済ませてしまうから」
 そう言って、天羽は窓のサッシに掛けられていたハンガーに手を伸ばし――
「頼むから少しは恥じらいってものを持ってくれ――!!」
 胸を隠していた黒髪がはらりと流れると同時、神楽屋は絶叫した。



「私の裸なんて見ても何の得にもならないだろうに」
「……それはお前が決めることじゃないと思うぞ」
 灰色のジャケットとホットパンツという格好に着替えた天羽は、心底不思議そうに首をかしげる。それを見て、彼女の部下である金髪の男も同じような目にあわされたのではないかと心配になってくる。セキュリティの捜査官がセクハラをしたなんて話になれば、減給は免れないだろう。
「それにしても、あれだけの怪我を負ってもう退院とはな。一体どんな治療を受けたんだよ」
 矢心の言葉が引っかかっていた神楽屋は、なるべく自然な感じで切り出してみる。
「日頃の行いの成果だよ。日々善業に勤しんできた私へのご褒美と言ったところか」
「……冗談だろ?」
「ああ、冗談だ」
 ニヤリ、と口の端を釣り上げて見せた天羽は、即答してきた。
「治癒スピードが異常なことは自覚しているさ。誰かさんの置き土産……という言い方では分からないだろうが、これ以上は話せないんだ。すまないな」
「ハッ、そうかい」
 天羽と初めて会ったのは、まだ神楽屋が「正義の味方」を気取っていたころだから……それなりに長い付き合いになる。彼女がこう言ったときは、どんな手を尽くしても口を割らないだろう。なので、これ以上訊くつもりはなかった。
「その調子だと、すぐに『精霊喰い』の捜査に戻るのか?」
 すでに当事者気分の神楽屋は、入院中の天羽から根掘り葉掘り聞くことで、これまでの経緯を大体理解していた。
「当然だ。残り時間も少ないしな」
 白いシーツが敷かれたベッドに腰掛けている天羽は、不敵な笑みを浮かべながら頷く。
「入院中もストラに頼んで情報を回してもらっていたが、『清浄の地』に関する有力な手掛かりは未だ発見できていないようだ。WRGP決勝トーナメントの再開も近い」
「すでにそっちにかなりの人員が回されてるって聞いたな」
「私はギリギリまで『精霊喰い』を追うつもりだが、事態の進行によってはどうなるか分からない」
 珍しく弱音を吐いた天羽の視線の先、ベッドの脇に備えられたテーブルには、籠の中に盛られた色とりどりのフルーツが置かれていた。誰かが持ってきた見舞いの品のようだ。
「……ストラからは時間にルーズだと聞いていたが、こういうところはマメらしい」
「これは、お前の部下が持ってきたのか?」
「今日で退院だから、いつもより豪勢だな」
 天羽曰く、彼女の部下――いや、彼女のパートナーであるミハエル・サザーランドは、毎日欠かさず見舞いに来てくれたという。
 「何度も断ったんだがな」と苦笑する天羽。
 ミハエル・サザーランド。彼とは天羽を詠円院に運ぶ際に、少し言葉を交わしただけだ。
 だが、神楽屋はミハエルのデュエルを見ていた。
 2週間前、天羽の連絡を受け廃棄された木材倉庫に辿りついた神楽屋は、まず負傷した天羽の応急処置を行い、その後ミハエルの救援へと向かった。そのとき、ミハエルは「清浄の地」のメンバー……アレク・ロンフォールとのデュエルの最中だった。
 デュエルの結果、ミハエルはサレンダーして自ら敗北を認め、その行為に逆上したアレクに殺されそうになっていたところを、神楽屋が止めに入ったのだが――
 何かに怯えたようなプレイングと、デュエルが終わった後の沈痛な表情が、神楽屋の心にしこりを残していた。
 気になった神楽屋は、天羽から事情を聞き、ストラに頼み込んでミハエル対天羽のデュエルVTRを見せてもらい、おおよそのあらましを理解した。
 アカデミア時代は天才決闘者と呼ばれていたこと。
 限定されているが、カードの精霊が見えること。
 そして、現在は自分のモンスターを破壊することを極度に恐れていること。
「あいつは……ミハエルは大丈夫なのか?」
 神楽屋の問いに、天羽は少し間を開けてから答えた。
「本人はこの事件の担当から降りるつもりのようだ。私としては、残ってほしいのだがね」
 アレクとのデュエルに負けた後、ミハエルの顔には絶望しかなかった。
 あの様子では、サイコデュエリストとのデュエル――いや、まともなデュエルをすることすら難しいだろう。内勤の事務員への転属を勧めたいくらいだ。
「なんであいつに固執する? 今まで、お前はたった1人で捜査を進めてきた。あの優男がいなくても、『精霊喰い』を追うことはできるはずだ。何なら、俺が手を貸してもいい」
 厳しい意見だとは思ったが、遠慮なく告げる。
 あの生意気な坊主のように、逆境を跳ね除けようとする気概があるならば話が違うが、自らギブアップを宣言している人間をわざわざ引き止める必要はない。神楽屋は本気でそう思っていた。これは、新人の研修などではないのだから。
「……私は、この事件の解決にミハエル君の優しさが必要だと判断した。だから彼を選んだ。そして――」
 そこで言葉を切った天羽は、端整な顔を引き締め、真っ直ぐと神楽屋を見据えながら、
「その判断は、今でも間違っていなかったと思っている」
 自信満々に言い放つ。
 その言葉には、一片の揺らぎも感じられなかった。
「……ハッ。優しさ、ね。俺が見た限りでは、ミハエルのあれは優しさとは違うものだと思うけどな」
 <ガスタの静寂 カーム>を無駄な攻撃に晒さないために、サレンダーを選択した。
 <ダイガスタ・イグルス>を自らの手で破壊することを躊躇い、<破壊指輪>を使えなかった。
 それは確かにモンスターたちのことを気遣っての行動なのかもしれない。
 だが、神楽屋にはそうは見えなかった。

「なら、本人にそう言ってやればいい」

 不意に、予想外の言葉が来た。
「軟弱な若造にガツンと言いたくて、ウズウズしているように見えるぞ。神楽屋」
 そう言った黒髪の女性は、意地悪そうな笑みを浮かべている。
 ……相変わらず、口の上手い女だ。