にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 4-2

 詠円院から少し離れた場所にある、小さな公園。砂場や滑り台といった遊具があることから、子供たちの遊び場を目的として作られたようだが、ミハエル以外の人影は見当たらない。平日の昼時、ということもあるだろうが、手入れがされず伸び放題になった雑草や、壊れたまま放置されているシーソーなどを見ると、普段から人が寄りついていないような寂れた雰囲気が漂ってくる。
 そんな公園で、ミハエルはジャングルジムの天辺に腰かけ、ネオダイダロスブリッジを眺めていた。
 とあるデュエリスト達がサテライトを守るために命を賭して戦った結果、シティとサテライトを繋げた希望の象徴。今のミハエルにはとても眩しく見えた。
 自分には、何かを守るために戦うことなどできない。
 守りたいものが傷つかぬよう、逃げることしかできないのだ。
「…………ッ」
 気分が晴れないが、仕方がないと割り切る。
 天羽の見舞いも今日で終わりだ。すでに捜査の担当から降りることは伝えた。これからは、新人らしく比較的安全な事件の捜査に加わることになるだろう。元々捜査官の高給が目当てだったわけだし、それはそれでいいと思った。
 しばらくは、デュエルをやったり見たりする気分にはなれなそうだ。もう少し気分が落ち着いたら、カードショップに行ってミハエルの琴線に触れるような美少女カードを探すとしよう。
 ――本当にそれでいいのか?
 どこからか声が聞こえた。
 あの日以来、ミハエルはデッキを持ち歩くことをやめた。
 アレクとのデュエルに負けて以来、カームは姿を見せなくなった。
 あんな無様な負け方をすれば、失望して当たり前だ。このまま一生姿を見せるつもりがないのかもしれない。それとも、精霊を感知できる力が消えてしまったか。どちらにしろ、もう二度とカームには会えないのかもしれない。
 仕方ない、と割り切るしかない。
 元々、天羽の要請を引き受けたこと事態が間違いだったのだ。強力な力を持つサイコデュエリストと戦うことなど、自分には無理だったのだ。
 ――本当に、そう思ってるのか?
 ――本当に、割り切れるのか?
 頭の中で響いた声を振り払い、ミハエルはジャングルジムを降りる。もうここに用はない。治安維持局本部に戻って、今後の処遇を聞かなければならない。この2週間は、自宅待機を命じられていたのだ。
 ミハエルが出入り口に向かって体を向けると、ちょうど公園に入ってくる影があった。
 黒い中折れ帽を被り、どこかの探偵を気取ったかのような格好の男。
「ここにいたか。探したぜ」
 神楽屋輝彦は、片手を挙げて「よう」と挨拶すると、こちらに向かって歩いてくる。
「……俺に何か用スか?」
「まあな」
 軽く笑った神楽屋は、ミハエルの隣で、ジャングルジムの鉄骨に背中を預ける。
「『精霊喰い』の捜査から降りるってことを聞いてな。話すなら今しかないと思ったわけだ」
「……話、ですか」
 ミハエルは神楽屋から視線を逸らすと、渇いた地面を見つめる。
 神楽屋が天羽の古い知り合いであることは知っている。不甲斐ないミハエルを、天羽の代わりに責めに来たのだろうか。
「天羽とストラから大体の事情は聞いた。お前が抱えてる悩みってやつも知ってるつもりだ。その悩みを抱えたままじゃ、デュエルなんてできっこないってこともな」
 神楽屋の話し方は、早口でまくしたてたいのをこらえているような感じだった。
「……俺の悩みなんて、知ってもどうしようもないと思いますけど」

「ま、そうだな。モンスターが破壊するのが怖い、モンスターが傷つくのが怖いなんて悩み、どうかしてるとしか思えない。たかがカードゲームだぜ? サイコパワーで自分が傷つけられたわけでもないのに、何言ってんだか」

「――――ッ!!」
 人を馬鹿にしたような発言に、瞬間的に頭に血が上る。
 気が付いたら、ミハエルは神楽屋の胸倉を掴んでいた。
 ――お前に何が分かる。
 ――モンスターたちの嘆きが聞こえないくせに。
 ――あの声を聞いたことがないくせに!
「分かったような口を聞くなよ……ッ!」
 腹の底から声を絞り出し、言葉を吐きだす。
 怒りで胸倉を掴んだ右腕が震える。
「ハッ、臆病者の言うことなんて理解したいとも思わねーな」
 対し、神楽屋は臆した様子もなく、変わらない調子で口を動かし続ける。
「天羽はお前のことを『優しい』って評価していたが、俺はそうは思わない。お前は臆病なだけだ。自分がすべきことから目を逸らして、逃げているだけだ!」
(……俺が臆病者だって? 逃げてるだけだって? そんなのとっくに自覚してる!)
 勝つことだけを考え、モンスターを迷いなく切り捨ててきた日々。
 その罰として、絶え間なく聞こえるようになった怨嗟の声。
 それを聞いた日から、ミハエルは戦えなくなってしまったのだ。
 今までは、必死に誤魔化し続けてきた。だが、アレクとのデュエルでその事実をまざまざと突き付けられた。
「モンスターが傷つくことが怖いだって? ハッ! デュエルモンスターズのカードってのは、戦うために生み出されたんだぜ? どうやったって破壊は避けられないんだよ! 世の中にはカードをコレクションすることで楽しんでるやつらもいるみたいだが、お前は違う。傷ついてほしくない、なんて偽善を掲げて、カードたちを戦いから遠ざけてるだけだ!」
 そんなことは分かっている。
 サレンダーをしたときのカームの表情。そこに浮かんでいたのは、まだ諦めたくないという勝利への渇望だった。
 それを無視してでも、ミハエルは無意味な犠牲を止めたかった。
 自分にとって大切な存在が、無惨に破壊される様は見たくない。
 何より――
 
 もう、あの声は聞きたくない。

 それがたまらなく怖かった。
「腑抜け、って言われてたな。お前は黙ってこのまま引き下がるのか? 屈辱的な負け方をして、デュエリストのプライドを粉々に壊したままで、このまま終われるっていうのかよッ! 答えてみろ、ミハエル・サザーランドッ!」
 神楽屋の叫びが、脳を揺さぶる。
 胸倉を掴んでいる右腕に、さらに力がこもった。
「――うるさいんだよ! 上辺だけの情報で、俺を全部理解したような口を利いて! 偉そうに説教垂れてんじゃねえッ!!」
 ミハエルは、感情に流されるまま叫び返す。
「お前が言ったことなんて全部分かってる! それでも……それでも俺は怖いんだよ! デュエルをすることが! モンスターを犠牲にすることが! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっていうモンスターたちの悲鳴を聞くことが!」
 理性が、これ以上感情を吐きだすことを拒んでいる。
 気心の知れている親友ならともかく、ほぼ初対面と言っていい人間にぶつけていい心情ではない。
 それに、心の淀みを吐きだしたところで、何かが変わるわけではない。お互いに気まずくなるだけだ。
 ミハエルは右手を離す。急に自由になったことで、神楽屋が少しだけよろめいた。
「……怖いから、戦えないってことか?」
 口調を落ち着かせた神楽屋が、中折れ帽を深くかぶり直しながら言う。
 ミハエルは黙って地面を見つめていたが、やがてゆっくりと首肯した。
「――ハッ。そうかよ」
 神楽屋は深いため息を吐く。
 呆れているのかと思ったが、違う。これから話すことのために、場の空気を切り替えているようだった。
「お前が戦えないことは分かった」
 突き放すような物言いだが、声は先程までとは比べ物にならないほど穏やかだった。
「カードの精霊が見えるんだってな。それなら――」
 神楽屋の瞳は、真っ直ぐとミハエルを捉えている。
 ミハエルは、それを受け止めることができなかった。
 うつむいたまま、次の言葉を待つ。
 何を言われようと、さっきのように感情に流されることはしないと決める。
 だが。

「お前のカードたちが『どうしたいか』。それを聞いたことはあんのか?」

 ミハエルの中で、何かが崩れる音がした。