にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 2-1

「随分狭い部屋に住んでんのね」
「随分広い部屋に住んでんだな」
 亜砂の自宅であるマンションの一室に足を踏み入れると同時に、紫音と朧は同時に口を開いた。
 キッチンとバスルーム付きで、リビングの他にも個室がある。リビングに家具は少ないが、部屋全体の色彩は淡いクリーム色で統一されていた。
「ど、どうぞくつろいでください。面白いものは何にもありませんけど」
 もこもこのスリッパに履きかえた亜砂は、他の3人にリビングへ入ることを促す。すでに腰は回復しており、おっかなびっくりながらも歩くことはできる。
「お邪魔するわよ」
 靴を脱ぎ捨てどたどたと入ってきた紫音は、断りも無しに2人掛けのソファへと腰かける。
「悪いな。急に押し掛けるような形になっちゃって」
「……おじゃまします」
 怖そうな外見とは裏腹に、頭を下げながら遠慮がちに入ってくる朧と、その背中に隠れているフェイ。ここに来るまでの間に、簡単な自己紹介は済んでいた。
「あーあ、走りまわったら汗かいちゃった。シャワー貸してもらってもいい?」
 ノースリーブのシャツの襟元を引っ張りながら、紫音が尋ねてくる。
「状況説明すんのが先だろ! あと、さっきからお前遠慮なさすぎだぞ!」
「だって服がべたべたして気持ち悪いんだもん」
 眉間にしわを作りながら忠告した朧に対し、紫音は不満げに口を尖らせるが、
「……ま、先に状況整理しちゃったほうが、ゆっくりシャワー浴びられるわね」
 未だ朧の背中から離れようとしないフェイに視線をやりながら、ソファに深く腰かけなおした。
 亜砂はソファの向かい側にクッションを敷き、そこに座る。朧はリビングの入口に立ったままだったが、紫音に「話し辛い」と言われて渋々亜砂の隣へと移動した。フェイに関しては言わずもがなだ。
「さて。何から説明したものやら……とりあえず、あたしとそこのかませ犬がサイコデュエリスト、ってのは分かるわよね。実際に見たんだし」
「おいかませ犬って何だかませ犬って」
「とりあえず黙ってなさいよ下僕。話が進まないから」
「……誰が下僕だって? ふざけるのも大概にしとけよ」
「え? だってあのまま決闘を続けてたらあたしが勝ってたし。だから負けたアンタは下僕確定でしょ?」
「どうしてそうなる!? まだ勝負の行方は全然分からなかったし、第一負けたら下僕なんて条件呑めるわけないだろ!」
 ……なるほど。確かに話が進まない。
 不毛な言い合いを続ける紫音と朧をよそに、亜砂はキッチンへと移動すると、人数分のカップを取り出しコーヒーを淹れる。お湯を注ぐだけの簡単なものだが、癖が無くて意外と美味しい。
 カップをトレイに載せ、リビングに戻ってソファの前にあるテーブルへと置く。
「えと、コーヒー飲みます? インスタントのやつですけど」
 それに気付いた紫音と朧が、ピタリと動きを止める。
「ありがとう。頂くわ」
「……サンキュー。それじゃ遠慮なく」
 余程喉が渇いていたのか、砂糖もミルクも入れないままコーヒーに手を付ける2人。
「あ、よかったら君もどうかな? コーヒーは苦手? それなら他の飲み物を持ってくるけど」
 相手を怖がらせることのないように穏やかな笑みを作りながら、亜砂はフェイに声をかける。
 フェイはびくりと体を震わせ、どうしようか迷っている様子だったが、
「……いただきます。コーヒー、すきです」
 ようやく朧の背中から離れると、小さな両手でカップを手に取った。
 それを見て安心した亜砂は、フェイの分もクッションを用意したあと、自分もコーヒーに口をつける。
 苦かった。そういえば、ブラックのコーヒーを飲むのは生まれて初めてだ。
 こんな苦いものをよく飲めるな、と他の3人を尊敬の眼差しで見つめていると、
「……うえ」
 紫音が明らかに顔をしかめていた。紫音なら、まずいときはまずいとはっきり言うだろう。まだ数時間も付き合っていないが、それくらいのことは分かった。推測だが、砂糖とミルクを入れることで子供っぽいと見られるのが嫌だったんだろう。でも、苦くて飲めなかったと。
「そ、それじゃ説明に戻るわよ」
 半分以上残ったカップの中身を隠すように、紫音が慌てながら声を上げる。
 コーヒーを飲んで落ち着いたのか、朧は壁に寄り掛かって静観モードだ。呆れ顔は変わっていなかったが。
「サイコデュエリストについては省いても大丈夫よね?」
「カードに描かれたモンスターや、カードの効果を実体化させることのできる人たちのこと、ですよね」
「ま、そんなところね。中にはそれ以外の能力を持ってる人間もいるらしいけど、あたしも詳しい事は知らないわ」
 亜砂の答えに、紫音は頷き、補足を付け加える。
「それじゃ、『清浄の地』って名前のデュエルチームは知ってる?」
 紫音の口から出た単語に、思わずピクリと反応してしまう。
 「清浄の地」――仕事そっちのけで調べた情報によれば、最近多発しているサイコデュエリスト消失事件への関与が疑われているデュエルチームだ。
 紫音はスカートのポケットから旧型のスマートフォンを取り出し、操作しながら説明を続ける。
「リーダーの名前は伊織清貴。メンバーは5~6人ってとこ? WRGPにもエントリーしてたみたいだけど、初戦から棄権してるわね」
「……随分詳しいんだな。リーダーのフルネームなんて、ちょっとネットで検索したくらいでは出てこないはずだが?」
「知り合いの情報屋のおかげよ」
 朧の問いに、紫音は手にしていたスマートフォンをひらひらと振って見せる。
 確かに、デュエルチームなんてものは専用のホームページを作るか、大きな大会で優勝でもしない限りその名が知れ渡ることはない。
 今回は、サイコデュエリスト消失事件に関しての捜査資料と思われるファイルの断片が流出したことがきっかけで、亜砂のような一般人でも「清浄の地」の名前を知ることができたのだ。
 紫音は一旦言葉を区切ったあと、大きく深呼吸してから、言った。

「――サイコデュエリスト消失事件に興味はないわ。でも、あいつらはあたしの大切なものを奪って行った。それを取り戻すために、あたしは『清浄の地』を追っている」

 小柄な少女の見せる真剣な表情は、年不相応なものだった。さっきブラックコーヒーを飲めずに渋い顔をしていた少女の見せるものとは思えない。
 自然と張り詰めた空気の中、亜砂は口を開くことができなかった。もっと聞きたいことがあったはずなのに、紫音の一言はそれらを全て喉の奥へ追いやってしまった。