にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドS 8-4

 創志たちが進んだ先にあったのは、船員の休憩室と思われる部屋だった。それなりの広さを持つ空間には、くつろげるように暖色でまとめられた壁床に、木製のテーブルと椅子のセットがいくつか。ゆったりとくつろぐためのソファもある。
 安らぎを提供する部屋の中央に――場違いなほどの緊迫した空気が流れている。
 そこにいたのは、黒のコートを羽織ったセキュリティの捜査官、輝王正義と、若草色の着物を着たポニーテールの少女……確か、彼女が友永切のはずだ。
 そして、彼らの対戦相手である、レボリューションのメンバー。
「2人同時に相手をしていたみたいね。ジェンスちゃんらしいわ」
 目を細めた宇川は、感慨深げに呟く。その横顔を見ると、茶化す気にはなれなかった。
「……宇川。何故お前がここに――いや、そういうことか」
 最初にこちらに気付いたのは、ジェンスと呼ばれた大柄の男だった。遅れて、先に進もうとしていた輝王と切が振り向く。
「――アルカディアムーブメント、だろうな。俺たちの組織にスパイを送り込むような連中は、あそこしか考えられない」
「さすがはジェンスちゃん。鋭いわね。最初は本部突入ギリギリまでレボリューションにいるつもりだったんだけど、早めに切り上げて正解だったわ」
 はん、と誇ったように鼻を鳴らす宇川。
「……どういうことだ。説明しろ、セラ・ロイム」
 場の空気をさらに重くするような低い声が、セキュリティの捜査官から放たれる。
 輝王の追及はただ一言だけだったが、答えを誤ればただでは済まない――そんな静かな怒りを感じさせた。
「聞いた通りですよ。彼、宇川昇さんは、我々アルカディアムーブメントが潜入させたスパイです」
 セラはほとんど間を開けずに、涼しげな声で答える。

「――なら、ストラにあんな危険なデュエルをさせたのも、お前たちの狙いだったというのか?」

 わずかに怒気が漏れた輝王の言葉。
 会話に加わっていない創志でさえも、息を呑むほどの迫力だった。
「っ」
 ティトの小さい手が、創志の右手を握りなおした。
 そういえば手を離すタイミングを失っていたが、むしろ好都合だったかもしれない。
 そんな緊迫感の中で、
「むしろセイギくんには感謝してほしいくらいよん? 光坂は、ストラちゃんも本部襲撃に参加させて、セキュリティ側の動揺を誘うつもりだったみたいだし。それを防ぐために『セイギくんも仲間に引き込む』って光坂を騙してあの場に引っ張り出したんだから」
 いつもの妄言と同じような調子で、宇川は告げた。
「何だと……!」
 輝王の右拳が強く握られる。張り詰めた空気は、いつ限界を迎えてもおかしくない。
「……ま、アタシはセイギくんが勝つって思ってたけどね。もしあそこで負けるようなら、レボリューションと戦えるほどの力はないわよ」
「――ッ!!」
 宇川の言葉に、輝王は右拳を振り上げる。
「輝王!」
 切が叫ぶ前に、輝王は振り上げた拳を壁に叩きつけていた。
「……分かっている」
 ゆっくりと右腕を下ろした輝王は、苦悶の表情を浮かべる。
 創志に詳しい事情は分からない。が、偽りとはいえレボリューションのメンバーだった宇川が、輝王の逆鱗に触れるようなことをやったのは確かだ。
 怒りを抑え込んだ輝王の精神力に、創志は感嘆のため息を吐く。彼がどれほどの怒りを覚えたのかは分からないが、創志だったら迷わず殴りかかっているだろう。
「アラ? アタシを信じてくれるのかしら?」
「……信じたわけではない。だが、ここでお前を追求したとしても、真実は出てこないだろう。時間の無駄だ」
「賢い子は好きよ、セイギくん」
「その名前で呼ぶのはやめろ」
 吐き捨てた輝王は、苛立たしげに舌打ちをする。
「皆本創志を助けたことにも、何か理由があるんだろうが……今は訊かないでおく」
 話題を切り換えるように、輝王がこちらに視線を向ける。
「理由なんてないわ! そこにあるのはただひとつの愛――」
「そうしてもらえると助かりますね。下手な探りあいに時間を割くのは惜しい」
 満面の笑顔を浮かべた宇川が妄言を語り出そうとする前に、一歩前に出たセラが割り込む。
「……簡単に死ぬような奴ではないと思っていたが、無事で何よりだ」
 創志に向き直った輝王が、かすかに笑う。
「あそこでくたばるわけにはいかなかったからな。そっちこそ、色々あったんじゃないのか?」
 妙な気恥ずかしさを感じながら、問いかける。
「興味があるなら、この戦いが終わったあとにでもそいつに訊くといい」
 輝王が指さしたのは、ポニーテールの少女、友永切だ。
 彼女は創志の前まで歩いてくると、
「こうやって自己紹介するのは初めてじゃな。わしの名は――友永、切じゃ。よろしく頼むぞ」
 そう言って、右手を差し出した。……名前を言おうとしたところで一瞬躊躇いを見せたのは、気のせいだろうか。
「俺は皆本創志。よろしくな」
 簡潔に自己紹介を済ませ、ティトに断ってから繋ぎっぱなしだった手を離す。そして、差し出された右手を握った。
「うむ!」
 握った手から、切の力強さが伝わってくる。
 ティトと同じくらい小柄だが、切にも戦う理由があるのだろう。その瞳には、揺るぎない決意の光が宿っているように見えた。
「さて、情報の整理はここまでですね。それでは、今後の方針を――」
 創志と切の握手が終わったタイミングを見計らって、セラが切り出したときだった。

「その必要はないです。あなたたちは、ここで死ぬんですから」

 穏やかな空気を裂くように――創志にとっては聞き覚えのある声が、響き渡った。