にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドS 4-5

 セラに頼まれた用事を済ませ、2人は孤児院に向けて歩を進めていたが、
 ぐ~。
 と、途中でティトのお腹が空腹を訴えたため、寄り道をすることにした。
 せっかく外に出たのに、闇市でロクな買い物もしないで帰るのは勿体ない、と創志も思っていたところだった。
 昼食には遅く、夕食にはまだ早い微妙な時間。
 やってきたのは、創志行きつけの食堂だった。
「わぁ……」
 またしてもティトが感嘆のため息を漏らす。彼女の目線の先には、綺麗に並べられた酒瓶があった。
 この食堂は夜はバーとして営業しており、カウンターの装飾は(マスターの趣味で)かなり凝っている。出てくる料理も、値段の割にはシティのそれと遜色なく、創志の厳しい家計事情からするとありがたかった。メニューも豊富で、頼めば何でも出てくるのではないかと思っている。
 一度信二を連れてきたこともあるが「また来たい」というほど好評だった。
 にも関わらずあまり客がいないのは、営業していないのではないかと思うほど寂れた外装と、
「……いらっしゃいませ」
 マスターのスキンヘッドと強面が原因だろう。
「創志がこの時間に来るのは珍しいな。しかも彼女連れとは……」
「彼女じゃねーつーの」
 話してみればなかなか面白い人なのだが、このプレッシャーを前にしては難しいかもしれない。
 席に案内され、メニューが渡される。
「俺はコーヒーだけでいいや」
「いつも通りミルクたっぷりでな。彼女さんはどうする?」
「マスター!」
 なんだか恥ずかしいところを見られたような気がして、創志は声を荒げる。
 創志の態度やマスターの容姿を気にした風もなく、ティトはじっくりとメニューを眺めたあと、
「……?」
 首をかしげた。ティトが首をかしげるのは今日何度目だろう。
「な、なんか食べたいものあるか?」
「食べたいもの……?」
 一体ティトはどんな食生活を送っていたのだろうか。レボリューションから弁当でも支給されていたのか、それとも自分で買いに行っていたのか……いや、自炊ということも考えられる。
「分かった。彼女さんには俺のオススメをお出ししよう。ちょっと待っててくれ」
「だから彼女じゃねーんだって!」
「そうし、彼女ってなに?」
 マスターがニヤリと笑って厨房に引っ込み、代わりにティトが身を乗り出して尋ねてくる。
「てぃ、ティトはまだ知らなくていいことだぜ。たぶん」
「……ん?」
 創志が適当にごまかしたのが分かったのか、ティトはいまいち納得がいかないようだ。口をとがらせ、頬を膨らまし無言の抗議を発する。
 どうやってティトを納得させるか……明後日の方向を見ながら創志が考えていると、

「――そうしは、どうして戦うの?」

 呟くように、しかしはっきりと創志の耳に届いたティトの言葉。
 灰色の瞳の奥に、わずかに揺らめく光が見えた気がした。
 2人の間に流れる空気が変わる。凛として、張り詰めたものへと。
 どうして戦うのか。
 創志自身が戦いたいわけではないが……答えは明確だった。
「決まってる。信二を助けるためだ」
 弟を守る。それが兄の務めだ。今までも、そしてこれからも。
「あいつは……信二は、俺が守ってやんないといけない。確かにデュエルの腕はすげえけど、だからってよく分かんねえ組織に連れてかれてこき使われるなんて、耐えられるはずないんだ」
 レボリューションがどうして信二をさらったのか、正確な理由は不明だ。
 だが、きっとろくでもないことに決まっている。金盛のような男を雇っていたり、ティトのような少女にひどいことをさせたり……創志は確信していた。
 いつの間にか右拳を握りしめていることに気付く。それを見たティトが、すっと立ち上がり、右手を自らの胸にやる。
「なら、わたしも手伝う」
 透き通った声で、軽やかに告げる少女。
 突然の言葉に、創志は唖然とする。大きく一呼吸おいてから、
「ちょ、ちょっと待て。手伝うってどういうことだ?」
 混乱する頭で、どうにか問いかけを絞り出す。
「そうしの大切な人を探すのを、手伝う」
 ティトはなんてことないように言うが、
「あいつはレボリューションに――ティトの仲間だった連中にさらわれたんだぜ? 信二を助けるためには、連中と戦わないといけないかもしれない。それでもいいのかよ?」
 もっと正確なことをいえば、信二がレボリューションにさらわれたと決まったわけではないが……セラの話から考えれば、十中八九間違いないだろう。
 ティトとレボリューションの関係は薄かったようだが、リーダーと思われるレビンとは結構な関わりがあったようだし、かつての仲間と戦うことになるかもしれないのだ。
 いや、それ以前に、ティトを戦わせるわけには――
 人を射殺すような冷たい視線を思い出す。今さっき決めたはずだ。もう二度とあんな目はさせないと。
「だから――」
 創志はティトの考えを改めるため、さらに言葉を続けようとする。
 すると、ティトがゆっくりと席を離れ、
「ん」
 すとんと。
 創志の隣に座った。
「え――」
 ティトの行動の意図が分からず、ますます思考がぐちゃぐちゃになる。

「わたしの居場所は、ここ。だから、そうしがやろうとしていることを手伝うのは、当たり前なの」

 沸騰しそうだった頭の中を、凛とした一陣の風が吹き抜ける。
 確かに「処刑人」としての役割を放棄したティトには、行く場所がない。
 すぐそばにあるティトの顔、彼女の右手首にはまったブレスレットを見て、自分が交わした「約束」を思い出す。
 ティトには、いろんなことを教えてあげなきゃいけない。そのためには、自分の隣にいてもらわなければいけないのだ。
「……分かったよ。ただし、無理は禁物だぞ?」
 ティトを館から連れ出すと決めたときから、心の奥で誓っていたのかもしれない。
 この娘は、俺が守ると。
「わかった」
 ティトが満足そうに頷くと、場の雰囲気が和らぐ。
「お、なんだラブラブじゃないか。見せつけてくれるな、創志」
 それに合わせたように、マスターがトレイを持って戻ってきた。
「ち、違う! これはだな……」
「はいよ、コーヒーだ。彼女さんにはこれな」
 創志の否定を無視したマスターがテーブルに置いたのは、はちみつがたっぷりかかったフレンチトーストだった。
「…………!」
 濃厚な甘い香りに、ティトの目が輝く。
「女の子には甘いもの。サテライトじゃロクなもんが仕入れられないから、こんなもんしか出せないが……味は保証しよう」
 さすがにナイフとフォークの使い方は知っていたようだ。
 小さな口でもくもくとフレンチトーストをほおばるティトを眺めながら、創志は穏やかな気持ちでコーヒーを啜った。










「またどうぞ」
 食堂を出るころには、外は夕焼けの赤色に包まれていた。
 この辺も治安がいいとは言い難い。完全に日が落ちれば、マーカーつきやギャングくずれがそこらじゅうにたむろし始めるだろう。
「んじゃ、そろそろ帰ろうぜ」
 そうなる前に、孤児院に帰った方がいい。創志は空を見上げるティトを促し、歩き始める。
「そういや、あの館で氷漬けになってた人たちはどうなったんだ?」
 すっかり頭から抜け落ちていたことに罪悪感を覚えながら、ティトに訊いてみる。
「あの氷は、わたしがいないとすぐ溶けちゃうの。だから、今頃はみんな元通りになってるはず」
 ……ティトの体から冷気でも出ているのだろうか。
 そんなくだらない想像をしていたときだった。

「――皆本創志。それにティト・ハウンツだな」

 決して大きくはないが、体の芯に響くような声。
 創志たちの前に、1人の男が立ちふさがった。
「…………」
 無言のまま、素早くティトを自分の背後に隠す。夕陽を背にしているせいで、男の容貌がよく見えない。
 セラの言うとおり、レボリューションの人間がティトを追ってきたのだろうか。それとも――
「聞きたいことがある。俺と一緒に来てもらおうか」
 そこで創志は気付いた。
 男の胸に、セキュリティの紋章が付いていることを。
「俺の名は輝王正義。セキュリティ第17支部所属の捜査官だ」
 交わることのないはずの線が、ここで交差する。