にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドM 7-1

「マインドコントロールを受けていた、とのことだけど……脳に異常は見られないわ」
 CTスキャンの画像を見ながら、淡々と告げる女医。
「彼女が目覚めないのは、おそらく精神的な問題。マインドコントロールを受けていたあいだの記憶があるかどうかは分からないけど、相当なショックを受けたのでしょう。このままずっと眠っていたい、と思うほどの、ね」
 女医の言葉は、余計な感情がこもらないよう意識しているように聞こえた。
 灰色の長髪を細い指でかきあげ、白衣の下に赤と青が左右対称に染まっている奇妙な服を着た女医――矢心詠凛(やこころえいりん)は、カルテに視線を移す。
「残念だけど、彼女……ストラさんがいつ目覚めるかは、私にも分からないわ。明日急に目覚めるかもしれないし――永遠に眠ったままかもしれない」
「…………」
 暖かな陽が差しこむ診察室で、矢心の前にある椅子に座った輝王は、無言のまま右腕を震わせた。





 診察室から出ると、窓の先に好き勝手に伸びた雑草だらけの景色が映った。
 木製の壁はあちこちに補修した跡があり、窓ガラスには「勝手に開けないこと!」と書かれた張り紙があった。
 古びた温泉宿のような場所だが、冷たいリノリウムの床が、ここが病院であることを認識させる。
 詠円院(えいえんいん)――第17支部からはかなり離れた位置にある、知る人ぞ知る病院だ。
 院長であり唯一の医師でもある矢心詠凛は、かつてシティでも名をはせた名医だったが、「余裕のない生活はうんざり」という理由でわざわざサテライトにやってきて、この詠円院を開業したらしい。
 最も、サテライトに来たのは他に理由があったのではないか、という噂もあるが……。
「どうでしたか。後輩さんの容体は」
 輝王が診察室から出てくるのを待っていたかのように、その噂を話した張本人が話しかけてくる。
「……相変わらずだ」
 一言だけ答えて、輝王は話しかけてきた男に背を向ける。
「魔女の毒リンゴを食べたお姫様は、王子様のキスで目を覚ましたという童話もあります。試してみたらいかがです?」
 細身の白いスーツに身を包んだ眼鏡の男は、おどけた調子で軽口を叩くが、
「…………」
「――冗談ですよ。そんなに怒らないでください」
 輝王が睨みつけると、肩をすくめた。
 ――あの夜から……第17支部の襲撃から、すでに1週間が経過していた。
 最後の爆発のあと、輝王たちの前に現れたアルカディアムーブメントの使者、セラ・ロイム。彼の案内によって、この詠円院にやってきたのだ。
 本来なら治安維持局の人間が利用できる専用の病院があるのだが、現状でそこに行くのは危険だと判断した輝王は、セラを信用せざるを得なかった。気を失っているストラを連れたままさまようわけにはいかなかったし、何より……輝王も、切も、そしてティトも、限界だった。
 すでに話が通っていたのか、矢心は詳しい事情を訊かずに、4人を匿ってくれている。セラの話によれば、この詠円院にはそういった「ワケあり」の患者が多いようだ。
 輝王や切の怪我はほぼ完治していたが、ストラはいまだ眠り続けたままだった。
「今日は何の用だ?」
「いつも通り、ティト様の様子を見に来たついでですよ」
 どうやらセラは、ティトの保護者のような立場らしい。毎日のようにやってきては、ティトの見舞いついでに輝王の前に現れる。
 セラが何か口を開こうとしたとき、廊下の奥からパタン、と扉を閉める音が聞こえた。
「はあ……」
 扉を閉めた主は、ため息をつきながらこちらに歩いてくる。
「あ……輝王さん、セラさん、こんにちは」
「……ああ」
「こんにちは、麗千さん」
 ぺこりと頭を下げた少女、稲葉麗千(いなばれいせん)は、両手で持ったお盆見てもう一度ため息をつく。
 そこには、全く手をつけられていないサンドイッチが乗っていた。
「ティトさん、今日は食べてくれませんでした。昨日の夕飯に出したおにぎりは、ちょっとだけ食べてくれたんですけど……」
 「お米派なのかな?」と首をかしげる麗千を、ニヤニヤしながら眺めているセラ。
「……そういう問題じゃないと思うぞ」
 セラが突っ込みを入れる気配がないので、仕方なく輝王が口を開く。
「……はい」
 こくりと頷いた少女の寂しげな表情を見れば、彼女が冗談を言ったことが分かる。
 眠り続けるストラと同じくらい、ティトの様子も深刻なものだった。
 病室から一歩も出ようとせず、ずっとふさぎこんだままで、こちらの呼びかけにも答える気配がない。ろくに食事も採っていないようだ。
「あの状態では、アルカディアムーブメントに連れ帰ることもできませんよ」
 そうこぼしたセラは、お手上げといった感じで首を振る。
 ……原因は、皆本創志を失ったことだろう。
 矢心がティトを診察したときにかろうじて得た情報からすると、皆本創志は支部の中で光坂慎一とデュエルし、敗北した。光坂と――創志の弟である皆本信二が去った後、あの爆発が起きた。残念だが、生存は絶望的だろう……セラの情報によれば、炎が収まったあと「正規の」セキュリティが行った現場検証で、死体は1つも出てこなかったらしいが。
 麗千の姿が見えなくなったところで、セラが改めて切り出した。
「それと、今回はあなたを焚きつけに来ました。輝王正義さん」
 何かを企むような笑顔を浮かべ、セラは右腕を広げる。
「――どういうことだ?」
「ここではなんですね。場所を変えましょう」