にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドS 6-2

「……そうし」
 そっ、と横に並ぶティト。
 パチパチ、と火の粉が舞いあがる音が、創志の耳の奥で反響した。
「ティト。お前の氷の力で、この火を何とかできないか?」
 都合のいい注文だとは思ったが、いつまでも下を向いてはいられない。まずは自分に出来ることを探さなければ。
 創志の左腕には、輝王から借りたままのデュエルディスクがある。これでティトのサイコデュエリストの力を発揮し、炎を鎮静化できれば、と考えたのだが。
「何とかすることはできるかも。この建物全部を氷漬けにすれば」
「建物全部……?」
「燃えてる火も一緒に、氷の中に閉じ込めちゃうの」
 「閉じ込める」。その単語を口にしたティトの瞳が暗く陰ったような気がして、創志は自分の発言の愚かさを呪う。
「ワリィ。やっぱ無しだ。どっかから水を引っ張ってきて、ぶっかけよう」
 すぐに代案を提示して、ティトの気を逸らさせる。
「どっかに水道でもありゃいいんだが――」
 創志は周囲を見回し、消火に使えそうな水源を探す。

 視界に、見覚えのある後ろ姿が映った。

「――!!」
 儚げで、それでいて他人を拒むような雰囲気を纏う背中。
 燃える支部の中で、その背中がゆっくりと炎に呑まれていく。
「信二ッ!!」
 弟の名を叫んだときには、すでに足が動いていた。
 入口のすぐ近くに備えられた窓から見えた、探し求めていた姿。それを確かめるために創志は火中へと駆けだす。
「そうし!? だめ!」
 ティトの制止の声にも構わず、少年は支部の中へと飛び込んだ。
「信二! どこだ、信二ッ!!」
 幻覚などではない。あれは確かに信二だった。
 炎の中に消えた人影を探して、創志はせわしなく周囲を見渡す。
 入ってすぐ正面にある扉を抜けると、デスクが並んだオフィスが広がっていた。様々な物が燃える異臭が鼻をつき、思わず顔を歪める。
 古びたデスクや複合機などはすでに炎に包まれていたが、まだ人が移動できる余裕はある。盛大に吹き上がる黒煙に惑わされがちだが、あまり火の手は強くないようだ。
 降りかかる火の粉を振り払うと、額にうっすらと汗が浮かぶ。
「信二!」
 オフィス内に人影は見えない。創志は奥にある「所長室」と書かれたプレートが提がった扉を目指す。
 と、その扉が開いた。
「信二か――!?」
 弟が出てきたのだと思い、創志の声色に安堵が含まれる。
「ん? どうしてここに人がいるのかしら?」
 創志の予想を裏切り、姿を現したのは、深紅のロングコートに身を包んだ女性だった。
「火事の現場に何しに来たのか分かんないけど、ここは危ないから、さっさと逃げた方が賢明よ」
 そう忠告する女性は、燃え広がる炎よりも深い紅色の髪を掻きあげる。
「信二を――弟を探してるんだ。誰かここに来なかったか!?」
「ここにはハゲの中年オヤジしかいなかったわよ。もう逃げたみたいだけどね」
「そんな……そんなはずないんだ」
 自分が幻を見たのだと信じたくなかった。半ば自分に言い聞かせるように呟く。
 焦っている。
 自覚していたが、創志は動かずにはいられなかった。
「奥に部屋があるんだろ? 確かめさせてくれ。もしかしたら、どこかに隠れてるかもしれない」
「ダメ。危ないわ」
「少しでいいんだ! まだ火の手も弱いし、少しくらいなら――」
 言いながら、前に立つ赤髪の女性を押しのけて進もうとする。
「危ないって言ってるでしょ。これ以上進めば……」
 女性の言葉を遮るように、後方でガラガラと何かが崩れる音がする。

「殺しちゃうわよ」

 ぞくり。
 体の中心に氷水を流し込まれたような感覚に、即座に女性に対して向き直る。
 まず、女性がデュエルディスクを装着していることに気付く。
 そして、ルージュの口紅で染めた唇が、徐々に釣り上がっていく。
「そうし!」
 女性の後方――オフィスと外をつなぐ扉の方から、ティトの叫び声が聞こえた。
 見れば、天井の一部が器用に崩落し、入口をふさいでしまっていた。わずかに生まれた隙間から、ティトの灰色の瞳が覗いている。
「シンジに、ソウシ、ね……あんたが皆本創志か」
 笑いをかみ殺し、女性は低い声で告げる。
「……俺を知ってるのか?」
「知ったのはつい最近だけどね。あの人のお気に入りらしいじゃない……ん? 違うわ。お気に入りなのは弟のほうだったか」
 ――こいつ、俺のことだけじゃなく、信二のことも知っている。
 どういうことだ、と口を開こうとしたところで、創志の背後にある扉――つまり、所長室から新たな人影が姿を現す。
「――いいよ、竜美。あとは僕がやろう」
 聞き覚えのある声だった。
 しかし、信二のものではない。
 カツ、カツ、と靴音を響かせながら、創志の横を通り過ぎる人影。
 竜美と呼ばれた女性と創志の間に割って入るようにして立つ、白髪のやせ細った男。
 チッ、と舌打ちをして竜美が顔をしかめる。
 しかし、創志の視界にそれは映らなかった。
「久しぶりだね。創志」
 場違いなほど優しい声で、男は少年の名前を呼んだ。
「あ……」
 声が震えるのが分かった。体がよろめくのが分かった。
 どうして……どうしてこの人がこんな場所に。

「――先生」

 その男は、創志にデュエルモンスターズを教えてくれた「先生」、光坂慎一だった。