にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 蒼銀の剣士-3

「ククク……ハハハハハ! コウモアッケナイトハナ! ショセンハニンゲン、『根源』ノチカラヲセイギョデキテイナカッタワケダ!」
 口から漏れる声も、全くの別物だった。
「嘘……」
「ウソデハナイ。コレガゲンジツダ。キサマノアルジハ、ワタシガイタダイタ」
 言いながら、影に蝕まれた青年は高笑いを上げた。それは、この世に死を振りまくために降り立った、悪魔が発するものだった。
「そ、んな……」
「デハ、アラタメテキサマノチカラモイタダクトシヨウ」
 異形と化した青年が、ビビアンに近づいてくる。つい先程まであんなに頼もしく見えた姿が、今や恐怖の象徴となっていた。
「させない」
 その前に、両手を広げた妖精が立ちふさがる。
「キサマテイドノチカラデ、ワレニカテルトデモ?」
「勝ち目がないのは分かってる。けど、巻き込んでしまったこの子が逃げられる時間くらいは稼いでみせる」
 毅然と言い放つ妖精に、影は歪んだ笑い声を返した。
「ナラ、ソノオンナトモドモ、ソウソウニホウムッテヤロウ」
「…………っ!」
 意識を支配された青年が手にした剣が、氷の妖精に振り下ろされる――

「遊びはここまでだ。屑め」

 寸前で、止まった。
 影のものとは違う、真っ直ぐとした声が、青年の口から生まれる。
「ナ……!?」
「この程度で俺を支配したつもりか? 相手の力量すら測れないとは、不要な知識ばかりが肥大して、生物としての本能を失ったようだな」
 青年が何かを払うように右腕を振るうと、その指先から一気に黒い影が放出される。
「バカナ!?」
「一時的に体を乗っ取らせたのは、俺の中で眠る『コイツ』を起こすためだ。好物の匂いが嗅ぎとれないほど深く眠っていたようだったから、餌を目の前に吊るしてやった」
 青年の左手から、巨像の影よりもさらに濃く、獰猛な闇が溢れだす。
「力を求めているのはお前だけではない。そして、同種を取り込むことで力を増すモンスターも存在する……寝起きの『コイツ』は大抵空腹が極まっていてな。好物がすぐ傍にあるとなれば――」
「ヤ、ヤメロ! ヤメロオオオオオオオオオオオオオ!」

「喰らえ、<オピオン>」

 闇が、影を喰らう。




「……悪趣味」
「些細な悪戯心があったことは否定しない。おかげで普段見れないものが見れたしな」
「二度とやらないで」
 無表情のままそっぽを向いた妖精をなだめながら、青年はビビアンに向き直った。
「あ……」
「……二つほど謝っておこうと思う。一つは、安心してくれていいと言っておきながら、君を不安にさせてしまったこと。<オピオン>を起こすためだったとはいえ、軽率な行動だった。すまない」
 謝罪の言葉を述べた青年は、丁寧に頭を下げた。
「そ、それは別にいいですわ! それよりも――」
 まずは、助けてくれたお礼を。
 そして、彼が本当にビビアンの尊敬する「氷帝」なのかを確かめなければ――
「もう一つは、君の記憶を勝手に消すことだ」
 ぐらり、と視界が揺れる。急激に眠気が押し寄せ、瞼が鉛のように重くなる。
「<ヴェルズ>が力をつけたのは、俺の責任だ。だから、全ての影を駆除するまで、あの場所へ戻ることはできない」
「面倒な性格」
「……俺なりのケジメのつけ方というやつだ」
「非難したわけじゃない。それより、ここにはもう<ヴェルズ>の反応はない。移動するべき」
「ま……って……」
 群青の背中が遠ざかっていく。ビビアンは必死に手を伸ばすが、その指は空しく虚空を切った。

◆◆◆

 図書館での集団昏睡事件は、発生当日から一週間ほどは連日マスコミに取り上げられるほどの騒ぎになったものの、被害者全員が目立った外傷もなく、無事に退院したことから、すぐに収束していった。
 空調機器の故障により、睡眠薬に似た効果を持つガスが発生し、それが施設内に蔓延した――というのが治安維持局の出した結論だったが、当然ながら輝王は信じていなかった。第一発見者として現場に踏み込んだ輝王たち三人は、不自然な位置に残された多数の水の沁みと、何者かが争った形跡を発見していた。治安維持局が表沙汰にしたくない何かがあったことは明白であり、輝王が探っていた氷漬け事件と関わりがあるのは確実だった。
 しかし、その後ネオ童実野シティ内で新たな被害者が出ることはなかった。
「シティの中ではな。治安維持局の管轄外じゃ、似たような事件がいくつか起きたみたいだぜ」
「いずれも被害者はごく少数で、一度事件が起きた地域では別の被害者が出ることはない、か。事情を知っている何者かが、事態の収束を図っていると睨むのが妥当だろうな」
「……そんで、気になるのが、とあるプロデュエリストが体調不良で急に長期の休業をしていることだ」
「『氷帝』か。結びつけるのは安易すぎる気もするが……」
「けど、無関係とも思えねえ。事務所は一切の事情を話そうとしねえし、当然ながら面会拒否だ。家族とも連絡が取れねえし、きな臭いってレベルじゃない」
「そうだな……『氷帝』に関して、もう一度情報を洗い直したほうがいいのかもしれない」
 それが、輝王と神楽屋が出した結論だった。




「びびあん、どうしたの? どこか痛い?」
「……いえ。ちょっとボーっとしていただけですわ」
 デュエルアカデミアからの下校途中、ふと空を見上げたビビアンは、眉をしかめた。
 あの日から、記憶の一部にもやがかかったようで、すっきりしない。とても大事なことを忘れてしまっている気がするのに、それが何なのか思い出せない。
 どうすることもできずに、もどかしさだけが募っていった。
「……憂さ晴らしに、誰かをけちょんけちょんにのしてやりたい気分ですわ」
「その誰かって、誰?」
「あなたでも構いませんわよ? ティト」
「……うん。けちょんけちょんにはされないけど、デュエルは受けて立つ」
「では、喫茶店に急ぐとしましょう!」
 今の自分は、大切なことから目を背けているのだろうか――

◆◆◆

 その影は、力を求めて跋扈する。
 その刃は、力に溺れた影を葬るためにある。