にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 蒼銀の剣士-2

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 ふと、左肩の辺りにひんやりとした空気を感じた。冷房の風というよりも、冷凍食品を保管するための冷凍機能を備えたショーケースの近くを通っているような冷たさ。思わず身震いするような空気に、さすがに我に返ったビビアンは、振り返って背後を覗き込む。
「あら、司書さん。私に何かご用ですか?」
 そこにいたのは、図書館に入ったときに挨拶した、眼鏡をかけた真面目そうな女性の司書だった。先日は調べ物に熱中したビビアンに、閉館時間を知らせてくれた。今回もそうだと思ったのだが、
「……司書さん?」
 様子がおかしい。司書はビビアンの肩に向けて手を伸ばした不自然な姿勢で動きを止めており、まるで石になる呪いでもかけられたかのようだった。
 不審に思ったビビアンは席を立つと、司書の様子を伺うために彼女に近づく。
 そこで、ようやく彼女の正確な状態を把握する。
 司書の肌に、霜が降りている。切迫した表情を浮かべた彼女は、ビビアンに助けを求めたのか、それとも逃げるように促したのか――何かを叫ぶために口を開いたまま、氷漬けになっていた。
「な、なんですの、これ」
 目の前で起こった異常事態に、思考が追いつかない。ふらりとよろけたビビアンは、おぼつかない足取りのまま後ずさりをして、近くにあった本棚にぶつかった。
 途端に、背中に強烈な冷気を感じる。
「え――?」
 振り返る。ぶつかったのは、本棚ではなかった。

「ミツケタゾ……チカラノ、カケラ……」

 それは、高さ三メートルを越す、氷の巨像。この世ならざる異形だった。
「き……きゃああああああああああああっ!」
 一拍置いて、ビビアンは悲鳴を上げる。
 デュエルディスクが映し出す立体映像で、もっと恐ろしい姿形をしたモンスターを何度も見たことはある。しかしビビアンが目にしてきたのはただの幻。実体を持たない虚像だ。太い腕を振り下ろされても、鋭い爪で引き裂かれても、オーバーテクノロジーによって生み出された兵器の銃弾を受けても、現実の肉体に影響を及ぼすことはない。
 だが、今ビビアンの背後にそびえたつ巨像は、実在する冷気を放っている。存在感があるなどという話ではなく実際に触れることができてしまう。
 パニックを起こしていたビビアンは、反応が遅れた。
 氷の巨像がビビアンの両肩を強引に掴む。太い五指がビビアンの上半身を固定し、身動きを封じる。
「いやああああああああああああ!」
 たまらずに悲鳴を上げるが、誰かが助けに来てくれる気配はない。それどころか、よく見れば司書の女性以外にも、図書館の利用客があちこちで氷漬けにされていた。
「モラウゾ……オマエノカケラ……」
「ひっ!」
 脳内に直接響くような低い声がしたかと思うと、掴まれていないはずの両足が動かなくなる。見れば、地面からせりあがった氷の膜が、ゆっくりとビビアンの足を覆い始めていた。
(何ですのこれは……何なんですのこれは!?)
 思考だけがオーバーヒートし、ビビアンは肉体的にも精神的にも動けなくなっていた。その隙に、氷の巨像の指から伸びた細い管のようなものが、器用にビビアンのカバンからデッキを取り出す。
「アッタ……コレデ、ワタシハサラナルチカラヲ――」

「紛い物が人の言葉を発するな。不快だ」

 しゃん、と空気を裂く音が響き、デッキを取り出していた細い管が切断される。
 放り出されたデッキが地面に落ちるより先に、
「――脆い氷だ」
 ビビアンを締め付けていた巨像の両腕が、肘の辺りから音もなく切り落とされる。同時に、足を覆っていた氷の膜も砕けた。
「え……?」
 締め付けていた力が急に抜け、よろめいたビビアンの体がぐらりと傾く。
 そのまま倒れそうになる少女を、ひとりの青年の腕が支えた。
「あ……あなたは……?」
「すまない。ここまで連中の横暴を許したのは、俺の落ち度だ」
 聞き覚えのある声のような気がするが、混乱する頭では思い出せない。
「だが、安心してくれていい。君がこれ以上傷つくことはない。奴等は、俺が殲滅する」
 その言葉を聞くだけで、不思議と心が落ち着いた。恐怖に固まっていた心が、徐々にほぐれていくのが分かる。
 群青のコートを身にまとった黒髪の青年は、ビビアンを椅子に腰掛けさせたあと、氷の巨像に向き直る。
 すると、青年の近くから、身長六十センチほどの小人――背中に生えた氷柱によく似た羽を器用に動かして飛ぶ「妖精」が姿を現した。
「……さすが蒼銀の剣士様。相変わらず登場の仕方だけは一人前」
「うるさいぞ、ルク。手伝う気がないなら引っ込んでいろ」
「……誰も手伝わないなんて言ってない。<影霊衣>の力が完全じゃない今の貴方は、わたしがいなきゃ<ヴェルズ>の気配を察知できない」
「……それについては感謝をしている。だが、耳元で騒ぐのはやめろ」
「別に騒いでいない」
 そっぽを向いた水色髪の妖精は、ふわりと飛び上がると、ビビアンの近くへと移動する。
「……もう寝ててもいい。あの人の実力は本物だから。『氷帝』を名乗るのにふさわしいくらいには」
氷帝、ですって!?」
 ビビアンは思わず目を見張るが、黒髪の青年は目の前の敵に集中しているようで、振り向く気配はない。
「グゥ……キサマハイッタイ……」
「屑共に名乗る名前は持ち合わせていない。早々に散れ」
 青年の正体が自分の敬愛する氷帝であることが分からなかったのは、異常事態に混乱していただけだからではない。
 デュエリストとしての氷帝は<氷結界の龍グングニール>や<E・HERO アブソルート・ZERO>といった強力な破壊効果を持ったモンスターを使いフィールドを一掃。無防備となった相手に容赦なく止めを刺す、苛烈なプレイングを得意としていた。だが、それでも根底にはプロデュエリストとして観客を楽しませるエンターテイメント精神があり、真の意味での非情さは感じられなかった。
 今、ビビアンの前にいる青年の背中からは、普段危険とは無縁の世界に居る彼女でも――いや、一般人だからこそ感じる、色濃い殺気が放たれていた。憧れの存在を目の前にしているというのに、微塵も心が躍らないのはそのせいだ。
 青年は氷の巨像を睨みつけながら、腰に下げた鞘から一振りの剣を抜く。
「ナンダ? ソノツルギハ」
 巨像が疑問を覚えたのも仕方のないことだろう。青年が抜いた剣の刃はぼろぼろに朽ち果てており、折れてしまわないのが不思議なほどだった。白く塗られた柄だけはマトモなようだが、まさかそれで打撃戦を行なうわけではあるまい。
「喋るな、と言ったはずだが? 黙って見ていろ――」
 そう告げた青年は、朽ちた刃をなぞるように指を這わせる。
 すると、周囲の空気が冷たくなったような感覚があった。

「<影霊衣>-<グングニール>。限定解放」

 青年が呟くと、朽ちた刃が氷の膜に覆われて白銀に輝き、鋭さを取り戻す。
 加えて、黒だった青年の髪が、雪原を連想させる銀色へと染まっていく。
「これは……」
「<氷結界>の龍の力を、人が纏うための装具と変えた<影霊衣>。その一部だけを引き出している。もっとも、力のほとんどが<ヴェルズ>に奪われたせいで、剣を具現化するくらいが精一杯」
 ルクと呼ばれていた氷の妖精が説明らしきものをしてくれるが、ビビアンにはさっぱり理解できない。
「ソウカ。キサマガ『根源』……」
「そうだ。返してもらうぞ。貴様が持つ力の欠片を」
「ヤレルモノカ!」
 氷の巨像が咆哮を上げると、切断された腕がバキバキバキ! と音を立てて即座に生えてくる。その勢いのまま、巨像は拳を振るった。
「ガアッ!」
 青年を襲うのは、拳だけではない。細かく砕けて地面に転がっていた氷の破片が浮かび上がり、つぶてとなって飛来する。
「その程度じゃ、あの人には通用しない」
 しゃん、と再び空気を裂く音が響き、振るわれた白銀の剣によって氷のつぶては一瞬にして弾き飛ばされる。
「貫け、タービュランス
 そして、青年が突き出した左の手のひらから鋭く尖った氷柱が出現し、巨像の拳を正面から貫いた。
「グギャアアアアアアアア!」
「屑にふさわしい下賎な叫び声だな。聞くに絶えん」
 貫かれた腕はバラバラと崩れ落ち、巨像は慌てて後退する。
「逃すか!」
 逃走の気配を察知した青年は、地面を強く蹴り、瞬時に間合いを詰める。
「終わりだ――」
「――ダメ! 罠!」
 妖精が叫ぶが、遅い。
「イタダクゾ、『根源』ノチカラ!」
 巨像の間接部から溢れ出した黒い影が、青年を覆いつくす。
「…………ッ!」
 青年は銀の刃を振るうが、剣筋を読んだ影がざあっと形を変えて避ける。
「シン――」
 妖精が氷帝の名前らしきものを言いかけるが、影に侵食された青年を見て絶句する。
 ざらざらと砂を流したような音が響いていたのは、一分にも満たなかっただろう。足の先から影がさらさらと風に流れて消えていき、やがて青年の姿が顕になった。
氷帝様……?」
 ビビアンがおそるおそる呼びかける。
 その声に応じ、首を傾けた青年の瞳は――影と同じ黒に染まっていた。