にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 蒼銀の剣士-1

 その影は、力を求めて跋扈する。

◆◆◆

「人が氷漬けになってる、だって?」
「ああ。この一週間で二件の被害者が出ている」
 時枝探偵事務所の看板を掲げるオフィスで、所長である神楽屋輝彦は、寝癖の付いた髪をがしがしと掻きながら、渡された書類に目を通した。
「被害者はいずれも二十代の男性。深夜に人通りの少ない街路を歩いていたところを狙われている。犯人の目撃情報は無いが、人を氷柱の中に閉じ込めるなどという芸当が普通の人間にできるとは考えにくい。となれば――」
「サイコデュエリストが犯人ってことか」
 神楽屋の指摘に、向かいのソファに座った長い黒髪の男性――輝王正義は深く頷いた。事件の詳細を記した書類には、被害の状況を撮影した写真がクリップで留められていた。しかる場所に飾られていればオブジェと勘違いしそうな巨大な氷の円柱の中には、絶望の表情を浮かべたまま固まっている男性が閉じ込められている。
「被害にあった二人は、もう救出されてんだろ? 意識は戻ってないのか?」
「残念ながらな。医師によると、二人はひどく衰弱しているものの、命に別状はないそうだ。安静にしていればじきに目覚めるだろうとのことだが、それを悠長に待っているわけにはいかないからな。できる限りの情報は集めておきたい」
「ま、そりゃそうだな……」
 神楽屋は、改めて写真に視線を向ける。とても現実のものとは思えないが、神楽屋は既視感を覚えた。実際に同じような光景を目にしたわけではない。探偵事務所の所員の一人であり、神楽屋の弟子的な存在であり、現在は修行のためネオ童実野シティを離れている皆本創志から聞いた話を思い出したのだ。
「まさか、ティトのことを疑ってんじゃねえだろうな? だからウチに来たのか?」
 かつて治安維持局襲撃を画策していたデュエルギャング「レボリューション」。そこに所属していたサイコデュエリスト、ティト・ハウンツは、<氷結界>のカードの力を具現化し、組織に不要となった人間を氷に閉じ込める処刑人としての役割を担っていた。今回の被害状況は、ティトが行っていた処刑と瓜二つだ。
「……その質問に首を縦に振ったとしたら、お前はどうする?」
「創志の代わりにぶん殴る。あいつならそうするだろうからな」
「同感だ。だから、彼女を疑っているわけではないと否定させてもらおう。今のティト・ハウンツが、こんな凶行に及ぶ理由は皆無だからな」
 肩の力を抜いた輝王が、フッと微笑を浮かべたときだった。
「わたしが、どうかしたの?」
 事務所の扉が開き、デュエルアカデミアの制服に身を包んだ銀髪の少女が、オフィスへと入ってきた。
「おかえり、ティト。リソナは一緒じゃないのか?」
「リソナはもこさんのところ。わたしも、デッキ調整用のカードを取りに来ただけ。すぐ出ていくから、仕事のお話続けて」
 そう言って、ティトはオフィスを横切り、自分の部屋へ向かおうとする。
「いや、少し待ってくれ」
 それを、輝王が呼びとめた。
「……なに?」
「今回の事件は、君にも関係しているかもしれない。無論、加害者ではなく、な」
「どういうことだ?」
 足を止めたティトと、向かいの神楽屋から疑問の視線を浴びた輝王は、胸元のポケットから携帯端末を取り出して、目的のファイルを表示する。
「被害者の二人には、二十代の男性であるという点の他に、もうひとつ共通する事項がある。それは――」
 輝王が表示したファイルには、二枚のデュエルモンスターズのカードが映っていた。
 <氷帝メビウス>。
 <氷の女王>。

「氷デッキの使い手である、ということだ」


◆◆◆

「こんにちは、ビビアンさん。今日も調べものですか?」
「ええ。奥のスペースを借りてもよろしいかしら?」
「どうぞどうぞ。どうせ利用者のほとんどいない寂れた図書館ですから。閉館時間まで存分に利用してくださって構いませんよ」
「なら、遠慮なく」
 妙に自虐的な女性の司書に一礼してから、ティトと同じデュエルアカデミアの制服に身を包んだ金髪の女生徒――ビビアン・サーフは、本棚に囲まれた一角に設置された小さなテーブルにカバンを置くと、すぐさま目的の資料が並んだ本棚へと向かった。
 インターネットで手軽に情報が引き出せるようになった近年、調べ物をするためにここを利用する者は少ない。それどころか、電子書籍の普及が進んだ結果、図書館は本そのものに愛着がある人間が集う「趣味の場所」となりつつあった。
 ビビアンは、特別本が好きというわけではない。むしろ本を読んでいる暇があったら実戦経験を積むため、デュエルに明け暮れているだろう。例外として、プロデュエリストでビビアンが敬愛する「氷帝」の著書であれば、寝る間も惜しんで読むだろうが。
 そんな彼女がわざわざ図書館に足を運んだ理由は、その氷帝が関係していた。
 他の追随を許さない完璧で精緻なプレイングと、カードたちが描きだす芸術的な氷の螺旋から、「氷帝」の二つ名を冠したデュエリスト。多くのファンを魅了し、数々の白熱したデュエルを展開してきた彼が、ここ数カ月のあいだ表舞台に全く姿を見せなくなってしまったのだ。所属する事務所は「体調不良」を理由としているが、詳しい病名などは明らかになっておらず、ファンのあいだでは様々な憶測が飛び交っていた。現代の医学では治療不可能な奇病を患ったのではないか、今後の方針を巡って事務所と衝突し、解雇されたのではないか、何らかの事件に巻き込まれて失踪したのではないか……
 ビビアンも、氷帝が姿を消した当初は、事務所の発表を素直に信用し、彼の身を案じていた。だが、これだけ時間が経っても何の音沙汰もないのはさすがにおかしい。インターネットの掲示板で様々な噂や情報を目にしてからいてもたってもいられなくなり、自ら調査を開始したのだ。
 サーフ家は代々プロデュエリストを輩出しているデュエルの名家であり、ビビアンの父も現在はプロリーグに在籍している。あまり頼りたくない父親の力を借りてまで氷帝の行方を探ってみたものの、目ぼしい情報は無し。ハッカーの知り合いでもいれば治安維持局のメインサーバーにハッキングをし、関係する事件がないかどうか調べられるのだが、生憎そんな都合のいい友人はいなかった。というか、そもそも友達と呼べる人間が数えるほどしかいない。
(そういえば、今日はティトとデュエルの約束をしていましたっけ……調べ物を早めに切り上げて、向かうとしましょう)
 調べ物といっても、過去に起きた未解決事件に関しての考察本や、人の失踪が関係したオカルト本などを読むばかりで、とても事態が進展しそうにはなかった。それでも、何もせずにのうのうと日々の生活を送ることなどできない。例え役に立たなくても、氷帝のために何かをしたという実感が欲しかった。
氷帝様……一体どうなされたのかしら……)
 目をつぶれば、彼が行ったデュエルの数々が映画のプロモーション映像のように流れていく――
 そんな風に、自分の世界に浸っていたからだろうか。
 ビビアンは気付いていなかった。周囲から、人の気配が完全に消えていることに。

◆◆◆

 異変に気付いたのは、三人ほぼ同時だった。
「――おい」
「ああ、いるな」
「わたしが入ってきたときかな。ごめんなさい」
「別にティトが謝ることじゃねえよ。けど、お邪魔しますも言えねえ礼儀知らずには、キツイ灸を据えてやんねえとな!」
 真っ先に動いたのは神楽屋だ。腰に提げたデッキケースから素早く一枚のカードを取り出すと、
「来い! <ジェムナイト・ジルコニア>!」
 神楽屋が叫ぶと同時、銀色の鎧に身を包んだ剛腕の騎士が、サイコパワーによって実体化する。
 それに呼応するように、事務所のオフィスに潜んでいた「何か」も、姿を現した。
 それは、荒々しく削られた氷が作り出す、人形だった。大きさは神楽屋とほぼ同じだが、作りは雑で、顔となる部分は全くの平面だ。人形としての完成度は低いが、動きは機敏で、一瞬にして標的との距離を詰めにかかる。
 が、宝石の騎士の動きはそれよりも速い。
「遠慮はいらねえ! ぶっ潰せ<ジルコニア>!」
 主の命に従い、勢いよく振るわれた剛腕が、氷の人形の腹部を捉える。
 べきり、と人形の腰がへし折れ、動きが止まる。
 そこへ、追撃の拳。
 ストレートに放たれた右の拳が、人形の頭を粉々に砕いた。
 氷の破片がバラバラと散らばり、くの字に折れ曲がった胴体が、力なく落下した。
「相手が氷なら<ジェムナイト・ルビーズ>の炎で燃やしてやりたかったけどな。ここでそれやったらシャレにならねえ」
「かぐらや、借金まみれ?」
「借金とか言うな。気分が悪くなる」
 ティトの冗談――だと信じたい――を流しながら、神楽屋は人形の正体を探るため、残された胴体へと近づく。
「――待て!」
 輝王が叫び、神楽屋は危険を察知する。
 割れた氷の隙間から、黒い影のようなものが染み出している――それに気付いた瞬間、影は不完全な流体のまま、銀髪の少女に向かって飛び掛かる。
「ナイトコード<ゲイボルグ>!」
 影がティトを捉える寸前、輝王が術式<ドラグニティ・ドライブ>によって作り出した槍が、黒を貫いた。
 黒い影は悶えるようにぐねぐねと蠢いたあと、そのまま砂のように崩れて消えていった。それが合図になったかのように、残っていた人形の胴体も溶けて水となり、床板に染み込んでいく。
「悪い、油断しすぎた」
「いいや。どうやら助けは不要だったようだしな」
 輝王の視線の先、ティトの肩の上には、氷を模した装具を纏った狐が乗っていた。<氷結界の守護陣>と呼ばれるモンスターを具現化させていたようだった。
「にしても、こいつは一体……」
「さっきの話」
 表情を引き締めたティトが、真剣な声で呟く。
「氷デッキの使い手って」
「……ああ。人形や影の正体は不明だが、ティト・ハウンツが真っ先に襲われた以上、ほぼ間違いないようだ。犯人は、氷に関連するカードを使っているデュエリストを狙っている」
 そして、犯人もまた氷に関連する能力を持っている――輝王も神楽屋も声には出さなかったが、認識は共通していた。
「なら、びびあんが危ない」
「びびあん……クラスメイトのビビアン・サーフのことか?」
「そういや、あいつも氷デッキの使い手だったな」
「びびあんは、わたしたちみたいに特別な力を持ってない。もし、襲われたら……」
「彼女の居場所は分かるか?」
「図書館に行くって言ってた。そのあと、もこさんのところでデュエルする約束した」
「……どうやら、ここで油を売っている暇はなさそうだな」