にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

鎧さんと悪魔の姉妹-8

「え……?」
 まだ呼吸も整っていない妹は、鎧の言ったことがほとんど飲み込めていないようで、小さく首をかしげるのが精一杯の様子だった。
 それは当然だ。私もまだ、自分の身に何が起こったのか、鎧は何をしたのか、そして、何故鎧は自ら破壊されることを望んでいるのか――分からないことだらけだ。
「ちょ、ちょっと待って。いきなり襲いかかった私が言うことじゃないけど、いったん落ち着いて状況を整理――」
「残念ながら、そんな時間はなさそうだよ」
 食堂に新たな声が響く。見れば、いつのまにやってきたのか、メイドが腕組みをしながら壁にもたれかかっていた。彼女の表情はいつも通り飄々としていて――どこか鬱つげにも見えた。
「鎧君が言ったとおり、彼の中にいる悪魔が暴れ出すのは時間の問題だ。そうなれば鎧君は内側から破壊され、解放された悪魔が姉ちゃんか妹ちゃんに取り憑くだろう。そうなったら……特に妹ちゃんが取り憑かれた場合は始末に負えない。やりたくはないが、私も本来の責務を果たさなければならなくなるだろう」
「本来の責務って……?」
「君たちが外の世界に影響を与えることを防ぐのさ。暴れて手が付けられないのなら、その時は――」
 メイドはその先をはっきりとは口にしなかったが、それが命を奪う類のことであるのは容易に想像がついた。ただの物好きで私たちの世話をしているだけではないと思っていたが……メイドは、私たちの監視役だったのだ。
 それは私たち姉妹がまだ外の人々に悪魔として恐れられていることの証明でもあり、それなりにショックを受けたが、状況が状況だ。言われたことを理解することがやっとで、感情が追いついていかない。
「そんなことはさせませんぞ! 姉殿と妹殿がこれ以上ひどい目あうことなど、例え神が許そうとも我輩が許しませぬ! そのために我輩という自我が生まれたといっても過言ではない!」
「アンタ……」
 握った拳を高々と掲げ、声を張り上げてみせた鎧だったが、その動作はぎこちなく、体が小刻みに震えている。まるで、油の切れた機械が壊れることもいとわず動こうとしているようだった。
「いいですか、姉殿。貴女は我輩の中に封じられていた悪魔に取り憑かれ、おかしくなっていただけなのです。それが祓われた今、貴女は元の優しい姉殿に戻っております。ですから、きっと妹殿ともうまくやっていける。時間はかかるかもしれませぬが……我輩はそう確信しております」
「…………」
 鎧の言っていることは、確かに正しいのだろう。妹に襲いかかったときの私は、頭の中に響く声に突き動かされ、理性を失っていた。
 しかし、妹を殺したいほど憎んでいたという感情は、元々私の中にあったものだ。私に取り憑いたという悪魔は、それを後押ししたに過ぎない。
 そんな私が――今までずっと目を背けてきた妹と、肩を並べて暮らすことなどできるのだろうか。
「大丈夫です。我輩が、姉妹円満のきっかけを作りましょうぞ」
「……きっかけ、ね」
 メイドが眉をひそめる。が、それ以上の行動は起こさなかった。
「妹殿」
 鎧は、黙って話を聞いていた妹に、もう一度手を差し伸べる。
「貴女の力は、正しく使えば大切なものを守ることができる力です。まずは、姉殿と自分自身を守るために――」
 鎧に表情はない。だが、彼は今、穏やかな笑顔を浮かべている。そんな気がした。
「我輩を、壊してくだされ。いつもと同じように」
 伸ばされた震える手を、妹はじっと見つめる。
 封じられた悪魔ごと、鎧を壊す。それが彼の言う「きっかけ」なのだろうか。
「……できないよ」
 悲しみに歪んだ声を絞り出した妹は、ふるふると首を横に振る。
「前とは違うって何となく分かるよ……鎧さんを壊したら、もう元には戻らないんでしょ? ここからいなくなっちゃうんでしょ? そんなのやだよ!」
「妹殿……」
「まだ……まだあたし、お姉ちゃんと仲良くなってない……だから、もっとたくさん教えてよ……お姉ちゃんと仲良くなる方法……」
 こらえきれなくなった涙が、白い頬を伝う。今日より前に妹の涙を見たのはいつだっただろうか。すぐには思い出せないほど深いところにある光景だった。
 私は妹の背後に回ると、小さな体をそっと抱きしめた。二枚の翼を包み込み、俯いた頭を慎重に撫でる。
 ――まだ、面と向かえる勇気はないから。今はこれで許してほしいと。
 私の妹は悪魔なんかじゃない。
 初めて出来た友達がいなくなってしまうことに涙を流せる、普通の女の子だ。
 その事実に、私はずっと目を背けてきた。
 そして――
「……ねえ。どうしてもアンタを壊さないといけないの?」
「……面目ない。この悪魔を封じ込めるには、城の主……魔術師の力が必要なのです。彼がいない現状では、我輩ごと悪魔を葬り去るしか方法がないのです」
 私はメイドへと視線を向ける。彼女は、黙って首を横に振った。
 他の選択肢はない。なら、やるべきことは一つしかない。

「……分かった。なら、私がアンタを壊すわ」

 私は、妹と同じ力を持っている。それは、背中に生えた翼と、悪魔に取り憑かれていたときの私自身が証明している。
「姉殿……」
「お姉ちゃん……」
「私じゃダメ、なんてことはないでしょ?」
「それは……そうですが……」
「妹には散々ひどいことしてきたんだもの。恨まれる理由が一つ増えたくらいじゃ大して変わらないわ」
 私は自嘲気味に吐き捨てるが、
「そんなことしない! あたしは、お姉ちゃんを恨んだりなんてしないよ!」
 すぐさま反論が来た。妹は、首を回して背後へ振り向こうとするが、翼が邪魔をして私の顔を見ることが出来ない。
「……ありがと」
 だからこそ、囁くような声で礼の言葉を告げることができた。
「うんうん。美しい姉妹愛ですな。これなら心配は無用というものです」
「……アンタがいなくなると、また静かになるわね」
「いいや。きっと今よりももっと賑やかになりますぞ」
「……そう、かもね」
 言葉を交わしながら、私は右手を鎧へと向ける。
 開かれた手のひらに、光の玉が生まれた。
 それは、触れた物を消滅させる、破壊の光。
 妹の嗚咽を耳に刻みながら、

「――さよなら」

 私は、光の玉を放った。

◆◆◆

 北の最果てにあるその城には、二人の姉妹が住んでいる――
 彼女たちが城を去る日は、そう遠いことではないだろう。