にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

鎧さんと悪魔の姉妹-7

「お姉ちゃん怒っちゃったじゃない。鎧さんのうそつき」
「面目ない……」
「謝ったって許してあげない」
「そんな! バラバラは勘弁して下され! 後生ですから!」
 口を尖らせて拗ねる妹に、鎧はたまらず平謝りする。妹の説得に成功しスカートめくりの特訓を始めたまではよかったが、その後、妹が「つまらない!」と癇癪を起こす度にバラバラにされていたのだ。今回も当然それが待ち受けている――
「……何がいけなかったのかな。あたしはちゃんと教えてもらった通りにやったんだけど」
 と、思いきや、神妙な顔つきになって反省を始める妹。
「……いや、たまたまタイミングが悪かっただけであろう。妹殿が悪いわけではない。次はきっとうまくいきますぞ」
 ちなみに、スカートめくりという行為自体が間違っているとは微塵も思っていない。
「とりあえず、まずは食事でも摂りましょう。せっかく外に出たのだから、広々とした食堂で食べるがいいと思うですぞ」
「……うん。そうだね」
 明らかに気落ちした様子の妹は、微かに頷いて食堂へと扉の取っ手に手をかける。
 ギギギ……と重苦しい音を立てながら、ゆっくりと扉が開く。
 その光景に、鎧は違和感を覚えた。
(この扉、こんなに開閉の動作が重いものでしたかな?)
 そして、その違和感は、扉が開ききった瞬間、未知のざわめきに変わる。
「お姉ちゃん……?」
 食堂の中には、先客がいた。テーブルの上に立つ人影。手足は力が抜けてだらりと垂れ下がっており、俯いているため表情は見えないが、それは間違いなく姉だった。にもかかわらず妹の口調が疑問形だったのは、姉から漂う雰囲気が明らかに異質だったからだ。
「……いいところに来たわね」
 釣り上がった口角から、低い声が漏れる。元々姉の声は低く落ち着いたものだったが、それに輪をかけているせいで、男性の声と錯覚してしまうほどだ。
「姉殿! テーブルの上に立つなど行儀が悪いですぞ! 女性がテーブルの上に乗っていいのは、女体盛りになったときだけ――」
「貴方は黙ってなさい」
 姉のただならない様子に、あえて茶々を入れてみた鎧だったが、冷たくあしらわれてしまう。
「……怯えたフリなんてして。どこまで私の神経を逆なですれば気が済むの? アンタは」
「え……?」
「今、はっきり言うわ。私はアンタのことが大嫌いよ。殺したいほど憎いと思ってる」
 突然の告白。戸惑いを隠せない妹の体が、ふらりとよろめいた。
「姉殿……? 一体どうされたというのです?」
「どうされたもなにも、これが私の本心よ。むしろ今までのほうがおかしかったのよ。血の繋がった妹だからって、変に甘やかしたりして」
「いや、変ですぞ。今の姉殿は、明らかにおかしい。まるで別人のようです」
「貴方に分かるわけないじゃない! 二十四時間も一緒にいなかったのに! 知ったような口をきかないで!」
 急に明るい声を出したかと思えば、鎧の反論に癇癪を起こすなど、どう見ても姉の様子は異常だった。それこそたった数時間しか時間を共有していない鎧にも分かってしまうほどに。
 ずっと俯いたままだった姉が、ゆっくりと顔を上げる。
 それに同調するように、背中から映えた一対の漆黒の翼が、徐々に広がっていく。これまでは他人に見えないようになるべく隠してきた「異質」を、誇らしげに見せつけるかのように。
 その光景は、まるで悪魔の誕生を象徴しているようで――

「殺すわ。私を苦しめるもの全てを」

「危ない! 妹殿!!」
 広がった羽の周囲に、一瞬にして現れたのは、地下牢で妹が生み出したものと同種と思われる光の玉だ。数は七つ――漆黒の羽ばたきと共に、それらが一斉に放たれる。
 咄嗟に妹をかばい、前に立つ鎧。
 バキン! と鉄が割れる音が響き、鎧の胴体に風穴が空いた。
「う……ご……!」
 放たれた光の玉の数は七。当然、それだけでは済まない。
 頭、右脚、左手にも光の玉が激突、貫通し、穴が空く。呻き声を上げた鎧の両膝が崩れ、前のめりに倒れる。
 床に転がった鎧を蹴飛ばして退けた姉は、薄い笑みを浮かべながら、妹の前に立つ。
「――死にたくなかったら、私を殺しなさい。アンタならできるはずよ」
「…………」
 姉の提案に、妹は無言を返す。あるいは、返事ができないほど動揺しているのか。
「無抵抗なら無抵抗でいいわ。楽に殺せるから」
 スッと伸ばされた白い十本の指が、妹の首に食い込んだ。


 ――コロセ。
 頭の中に響く声に従って、私は妹の首にかけた指に力を込める。
 肉付きの悪い、細い首だ。
 ――コロセ。
 鎧を倒した光の玉を使えば、一瞬で殺すこともできた。けど、それでは今まで自分が抱えてきた恨みを晴らす間もなく終わってしまう。
 ――コロセ。
 早くコイツの息の根を止めたい。でも、簡単には死なせたくない。
「う……うう……」
 苦悶の声を上げた妹が、たまらず私の手を掴む。
 振りほどかれてはたまらないと、私はさらに指に力を込めた。気付けば、妹の足は地面を離れ宙に浮いていた。
 ――コロセ。
「……全部アンタが悪いのよ」
 苦しそうに体をよじらせる妹から目を背けながら、私はずっと胸の内に隠してきた思いを吐露する。
「お父さんが死んだのも、お母さんが死んだのも、村を追い出されたのも、こんなわけのわからない城に閉じ込められたのも! 全部全部全部アンタが悪いのよッ!」
 ――コロセ。
 だから、その原因を取り除く。それで、私は晴れて平穏な日常を――
(平穏な、日常……?)
 妹を殺したところで、背中の羽がある以上、私はこの城から出られないだろう。
 大してやることもなく、ただ無気力に毎日を過ごすことになる。妹を手にかけてしまえば、メイドとの関係もこれまで道理とはいかなくなるはずだ。彼女がこの城を出て行ってしまう可能性もある。
 そうなれば、私はこの城で、一人ぼっちで生きていかなければならなくなる。
 果たして、それは「平穏な日常」と言えるのだろうか。
 ふと、そんな疑問がよぎったときだった。

「……ごめん……なさい……」

 一筋の涙が、妹の頬を伝った。
 瞳に溜まった涙は、死への恐怖が生み出したものか。それとも――
 ――コロセ!
 頭の中に響いていた声が、ボリュームを増す。まるで、迷う私を従わせるかのように。
(……そうだ。こんなのはきっと演技だ。ここで躊躇ったら、私が殺される)
 そう思った私は、抜けかけていた指の力を入れ直す。
 私の手を掴んでいた妹の冷たい手が、するりと解けた。
「ごめん……なさい……お姉ちゃん……」
 うわ言のように謝罪を繰り返す妹は、もうされるがままだ。
 その気になれば、私なんて簡単に殺せるはずなのに。
 ――悪魔のはずなのに。
「姉……殿……」
 すると、なけなしの力を振り絞って立ち上った鎧が、私の肩を掴んだ。
 動揺した私は、すぐさま振り払おうとする。
「逃げてはいけない……しっかりと、目の前の光景を見てくだされ……妹殿の涙は、一体誰のために流れているものなのです……?」
 鎧を振り払おうとする動きも、妹の首を絞める指も、止まった。
 ――コロセ!
「どうか、目を背けないでくだされ。姉殿には、その強さがあると信じております」
 目を、背ける。
 それは、私がずっとずっとしてきたことだ。
 妹が家畜を皆殺しにしたときも、両親が自殺したときも、妹を地下牢に閉じ込めたときも。
 私は妹から目を背け、まともに向き合おうとしなかった。
 自分とは違う生き物なのだと勝手に決め付け、話し合おうと思わなかった。
 だって、あんな風に生き物を殺せる人間が、正常であるはずがないと思ったから。
 ――コロセ!!
 けれど。

 私は、妹に「それはいけないことなんだよ」と諭すことをしなかった。

 ただ一方的に怒り、遠ざけただけだ。
「私、は」
 憎悪によって動いていた指から、力が抜ける。
 解放された妹がどさりと床に倒れ、激しく咳き込んだ。
「……私は」
 どうすればよかったんだろう。
 ――コロセ! コロセ! コロセ!!
 響く声はもはや騒音のレベルまで達しており、考える暇を与えないように呪詛をわめき続ける。耳を塞いでみても、声が止むことはない。
 すると。
「……ありがとうございます、姉殿。貴女のおかげで、我輩は使命をまっとうできる」
 肩に置かれた鎧の手を通じて、自分の中から何かが抜け出ていくのを感じる。
 それと同時に、頭を揺さぶるように響いていた声が、徐々に収まっていく。
「アンタ……一体何を……」
「姉殿の中に巣食う『悪魔』を吸い出しておるのですよ。それは元々、我輩の中に収まっていた――封じられていたものです。在るべきものを在るべき場所に。それは自然なことだと思いますぞ」
「何を……言って……?」
「さて」
 肩に置いた手を名残惜しそうに離した鎧は、ようやく起き上がった妹へと向き直る。その頃には、頭の中に鳴り響いていた声は完全に消えていた。
「残念ながら、この悪魔の正体が何なのかまでは思い出せておりませぬ。ですが、このままだと我輩の意識は中の悪魔に支配され、じきに暴れ回るでしょう。ですから――」
 片膝を立てて屈み、眠り姫を迎えに来た騎士のごとく妹に手を差し伸べた鎧は、
「妹殿。貴女の力で、我輩を壊してくだされ」
 優しい声で、そう言った。