にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

鎧さんと悪魔の姉妹-6

 私はあの子とは違う。
 背中に生えた翼を見るたびに、何度も言い聞かせていたことだ。
 事実、私には一晩にして家畜を殺しつくしたり、巨大な鉄塊を投げたりする常人離れした力はない――いや、あるはずがないと思いこんできた。
(そう。私はあの子とは違う)
 暗闇に支配された自室。ベッドの上に座り込み、何度も何度も言い聞かせる。
 あの子は、人間ではなく化け物。
 私は、少し変わった特徴を持つ人間。
 あの子に人の心なんてない。もしあったのなら――村を追い出され、僻地の城に幽閉され、そして、何年も地下牢で暮らすことを余儀なくされた。そんな仕打ちを受けたのに、無邪気に笑っていられるはずがない。
 私は、今でも村の人たちが向ける侮蔑の視線を忘れられない。忘れようとしても、何度も夢に出てくる。それは私が人間だからだ。人間だから、過去に苛まれる。
(私とあの子は違う)
 同じ両親から生まれたのに何故、などいうことは今さら考えない。
 私は人間であり、妹は化け物。
 仮に、妹が人間であることを認めてしまったら――
 それは、私が化け物であるということを認めることになる。
 頭が割れるように痛い。耳の奥で鳴る音が、生き物の声のように聞こえてくる。両膝をギュッと抱え込み、背中を丸める。図書室を飛び出してからすでに三時間は経過しただろう。いつもなら大して動いてなくても空腹を訴える胃が、今日に限っては大人しかった。
 このまま横になって寝てしまおうか、と思ったところで、部屋の扉が控えめにノックされた。
「…………」
 私は返事をしなかった。今は、誰とも喋りたくない。
「聞こえてるかな? あたしだけど。ちょっと伝えておきたいことがあってね。いや、傍観者のあたしらしくないとは思うんだけどね」
 ノックの主――メイドは、それを見越していたようで、扉越しに勝手に話を始める。
「……あなたはさ、妹ちゃんがどうしてずっと地下牢にこもってたか、分かる?」
 そうしろと言われたから。それ以外に答えなどない。
「実を言うとさ、地下牢には脱出不可能な特別な魔術結界が仕掛けられているの」
 初耳だった。けれど、規格外の力を持つ化け物を閉じ込めておくなら、それくらい大がかりな仕掛けが必要かもしれない。
「なんてね、嘘。本当は結界なんてものはない。だから、妹ちゃんはその気になればいつでも地下牢を出ることができた。けど、それを一度もしなかった。何故だか分かる?」
「……私に、地下牢から出るなって言われたから」
 いらない嘘を吐かれたことでカチンときて、私は思わず言い返してしまう。
 すると、扉の外にいるメイドは含み笑いを漏らしたあと、「正解」と言った。
「……何が言いたいの?」
 質問の意図が分からず、今度は私のほうから尋ねる。
「分からないかい?」
「…………」
 正直に答えるのは癪だったので、私は無言を返す。メイドが「やれやれ」と肩をすくめているだろう姿が目に浮かぶ。
 トン、と扉を軽く叩く音が鳴った。叩いたのでのではなく、背中を預けてもたれかかったのかもしれない。

「――あの子は、大好きなお姉ちゃんに言われたから、言いつけを守ってたんだよ」

「違う!」
 私は反射的に叫んだ。あの子が私のことを好きなはずはない。あんなものは上っ面のポーズだ。でなければ、巨大な鉄塊を投げて私を殺そうとするはずがない。
「……あなたが否定することを、あたしは肯定も否定もしない。これからに関してアドバイスもしない。ただ、私が見てきたものを伝えておこうと思った。それだけ」
 メイドは、言いたいことだけ言って去ってしまった。
「…………」
 メイドも鎧も、何故妹の本質が理解できないのか。
 あの子は、何かを壊すことでしか喜びを得られない、正真正銘の悪魔なのだ。
 あの子のせいで、両親は自殺して私はこんな城に閉じ込められている。私たち家族の人生を滅茶苦茶にした元凶なのだ。笑って日々を過ごすような資格なんて無い。
「そうよ……」
 なんでもっと早くに思い付かなかったのか。急に冴えた思考が、「それ」を躊躇していた過去の自分を愚かしいと感じる。
 妹によって、私の平穏がかき乱されるなら。
 ――妹を殺してしまえばいい。
 そう思った瞬間、私の中でカチリと音が鳴り、スイッチが切り替わった。
 いつの間にか、頭痛と耳鳴りは収まっていた。

◆◆◆

 時は一週間前に遡る。
「ぬ、ぬぐぐ……死ぬかと思いましたぞ……」
 妹の手によってバラバラに分解――いや、ただの鉄くずに変えられてしまった鎧だったが、粉々になった欠片同士が磁石のように引きあい、寄り集まり、徐々にその形を再生していった。そして、三十分ほどの時間をかけ、元の形に戻ったのだ。
 四肢の感覚を確かめながら、ゆっくりと立ち上がる。見れば、鎧を惨殺した張本人である妹は、あどけない寝顔を晒しながらベッドに横になっていた。
(我輩が再生したのは、妹殿の力……ではあるまい)
 バラバラにされたことがトリガーになったのか、鎧は自らの記憶を少しだけ取り戻していた。
(かつて、我輩の中には我輩ではない『何か』がいた……というよりも、その『何か』が着ていた鎧に、我輩という自我が芽生えたといったほうが正しいか。とにかく、我輩の中に収まっていた『何か』が生きている以上、我輩が死ぬことはない。そして――)
 『何か』を見つけ出すために、鎧は目覚めたのだ。
(目的を思い出せたのは僥倖ではあるが、対象が不明確すぎてどこを探せばいいのか全く見当がつかぬ……)
 途方に暮れる鎧だったが、とりあえずはまずこの城の中を歩き回ってみることを決める。
 そのために、まずはこの地下牢を脱出する――
「――わけにはいかぬよな。ここで逃げ出しては男がすたるというもの」
 すれ違ったままの姉妹をこのまま放っておくわけにはいかない。
 妹の力は確かに凶悪で、悪魔と称されても仕方のないものなのかもしれないが、彼女の瞳には一点の曇りもない、純粋な子供そのものだ。ゆえに、誰かが間違いを指摘し、導いてあげれば、いくらでも「普通の人間」になれるはずだ。
(皆は妹殿の力を恐れて、近づこうとしなかったのであろう。ならば、死なない我輩こそが、妹殿を導くにふさわしい!)
 右拳を胸に当て、自らの心に誓いを立てる鎧。ガシャン! と金属がぶつかる音が響き、
「ふわぁ~、なんかうるさ~い……」
 それに気付いた妹が目を覚ました。
 起きぬけこそ頭をふらふらと揺らしていた妹だったが、鎧が元通りになっていることを認識するや否や、ぱあっと顔を輝かせる。
「…………」
 瞳が星屑を散りばめたようにキラキラと輝いている。痛めつけられた恐怖が蘇り、無意識のうちに後ずさりしてしまう。
「……ええい! ここで尻ごみしている場合では――」
「わー! すごいすごいすごーい! 壊した鎧さんが元通りになってるー!」
 いてもたってもいられずといった風に立ち上がった妹は、天井に向けて右手を掲げる。シュゥゥゥ……といった空気が漏れ出るような音と共に、先程「ボール遊び」で使った光の玉が形成されていく。
「じゃあじゃあ! 今度はこれで穴ぼこだらけにしてみようかな!」
「ちょ、ちょっと待つでござるよ!」
「ほぇ?」
 鎧の必死の制止に、妹は不思議そうに首をかしげる。どうやら話くらいは聞いてくれそうだ。
「妹殿は、どうして我輩を穴ぼこだらけにしたいのですかな?」
「どうして? そんなの楽しいからに決まってるじゃない!」
 夏の日差しを受けて輝く向日葵のような、満面の笑み。そこには、罪悪感など欠片も存在していない。
「……妹殿とは他の人は違う特別な力をお持ちのようですな。つまりは、その力を使うことが楽しいということですかな?」
「うん! この力が何なのかはよく分からないけど、使ってるとドキドキが止まらなくて、ふわーってなるの! だから楽しい!」
 力の源はどこにあるのか――それはあまり重要な問題ではない。
「なるほど。承知した。なら、我輩を存分に痛めつけるがよかろう」
「やったぁ! じゃあ行くね――」
「その前に!」
 くわっ! と目を見開いて――目は無いのでそれくらいの気迫を込めて、鎧は叫ぶ。
「物を壊すこと……力を使うこと以外に、もっと楽しい遊びがあることを知っておいたほうがいいのではないですかな?」
「……もっと楽しい遊び方? 何それ?」
「妹殿の遊びは、他者と楽しさを共有できない。一人遊びで感じる楽しさには、限界があると我輩は思いますぞ。一人よりも二人、二人よりも三人……遊びを通じて楽しさを共有していけば、それは無限大に広がっていくはずです」
「よく分かんない! 鎧さん、何が言いたいの?」
「つまるところ、妹殿と我輩だけで遊ぶよりも、姉殿も一緒のほうが楽しいということです」
「お姉ちゃんと……」
 姉というワードに、妹は明確な反応を示す。やはり、鎧の推測は正しかったようだ。
「しかし、我輩は姉殿がどんな遊びをすれば楽しいと感じるのか、分からないでござる」
「あたしも……」
 先程までの笑顔とは打って変わって、妹はしゅんとうなだれる。そんな彼女を励ますように、鎧は声のトーンを上げながら告げる。
「ですから、まずは我輩が姉殿とお近づきになれる、とっておきの遊びを伝授しますぞ!」
「本当!? なになに? 早く教えて!」
「フフフ……慌てるな妹殿。我輩が教える遊びには、焦りは禁物ですぞ」
「えー!?」
 せがむ妹を焦らしてから、鎧は高々と宣言する。

「では! 秘技、スカートめくり習得のための特訓を始めるとしましょう!」