にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

鎧さんと悪魔の姉妹-4

「あ~あ、お姉ちゃん行っちゃった。次に会えるのはいつだろう……」
 姉の背中を見送った妹は、しょぼんと肩を落としながら牢の中へと歩いて行く。
「でも、今日はお姉ちゃんがくれた面白鎧があるから寂しくないもん!」
 かと思えば、鎧のほうを見てニコニコと満面の笑みを浮かべる。喜怒哀楽がめまぐるしく変わる少女だった。
 広大な地下牢の中は、妹が「遊んだ」残骸の他には、簡素なテーブルと椅子のセット、それとベッドがあるだけだった。テーブルと椅子は見るからに頑丈そうな鉄製なのだが、表面は凹み足はひしゃげ、それを何度も修理した跡があった。メイドが買ってきたという家具がただの鉄くずに成り果てているのを見ると、こうして形を留めているだけでも奇跡なのだろう。唯一木製のベッドだけはほとんど傷がなく、シーツも真っ白で清潔感に溢れていた。
「ねえねえ鎧さん! あたしと一緒にあそぼ?」
「……いいですぞ。まずは何をして遊びますかな?」
 姉に置き去りにされて途方に暮れていた鎧だが、こんなに可愛らしい妹を放置していくことなどできない。地下牢にいれば何かのきっかけで記憶が戻るかもしれないし、とりあえずは妹の遊びに付き合うことにした。
(なに、ちょっとくらい過激な遊びでも、我輩の頑丈なボディなら耐えられますぞ)
 巨大な鉄塊を軽々と投げ飛ばしたところを見れば普通の人間ではないのは嫌が応でも分かるが、「悪魔」などと言って閉じ込めてしまうのはかわいそうだ。……少しでも寂しさを和らげてあげたいと、鎧は思った。
「うーんとね。それじゃボール遊びしよ」
「承った! しかし、ボールはどこに……」
「ここだよ!」
 まさかさっきのやつがボールでは、と近くに転がっていた鉄塊に視線を移すが、妹はそちらには全く興味を示さずに、右手を天井に向かって掲げた。
 すると、掲げた手の平の上に小さな光の玉が出現する。直径五センチメートルほどの光の玉は、見る見るうちにその体積を肥大させ、いつの間にか先程の鉄塊と同じ大きさ――直径二メートルほどになっていた。
 たたたっ、と無邪気に駆け、鎧から距離を取った妹は、
「いくよー! ちゃんと受け止めてねー!」
 目では追えないほどの速度で腕を振り、野球選手も真っ青の剛速球を投げる。
「こ、これは! 我輩はどうするべきですかな!?」
 言っているあいだに光の玉が眼前まで迫っていたため、受け止めざるを得ない。
 手が触れた瞬間、全身にスパークが走る。鎧の中身は空洞のため痺れによるダメージはないが、これが普通の人間だったら一秒と持たずに動けなくなってしまうだろう。さらに、光の玉は中に何が詰まっているか不思議なほどの質量を持っており、それに投げ飛ばした速度が加わっているものだから、受け止めきることなど到底できない。一瞬で鎧の両足は地を離れ、壁に向かって一直線に吹き飛ばされた。
「ごはっ……!」
 ドゴォン! と轟音が鳴り響き、鎧の体が壁にめり込む。不幸中の幸いだったのは、鉄塊と違って光の玉はふっと消えてくれたことだ。これで脱出の心配はしなくて済む。
「むー! ちゃんとキャッチしなくちゃダメじゃない!」
「ぬごごごご……」
「どんどん行くよー! 次は投げ返してねー!」
 楽しそうな声と共に、一つ一つが必殺の威力を持った光の玉が続々と投げつけられる。
 何とか壁から脱出した鎧は、
「無理ー! 無理でござるー!」
 ほうほうの体で逃げ回るしかなかった。
 光の玉が壁や天井、床に激突し、豪快な破砕音と共に粉塵が撒き散らされる。建物自体が崩壊してもおかしくない衝撃だったが、地下牢は壊れるどころか「逆に修復していく」。おそらく、人の手による破砕を受けた場合自己修復するような魔術が施されているのだろう。一部の壁や天井から水漏れしているのは、それが自然のものによる劣化だからだ。
「つまんなーい! これじゃ一人で遊んでるのと変わらない!」
 やがて「ボール遊び」に飽きてしまったのか、妹が不服そうに頬を膨らませる。
「面目ない……できれば他の遊びにしてほしいのですが」
「じゃあね! 次はかんふーごっこ!」
「か、カンフー?」
 言葉面から嫌な臭いをかぎ取った鎧だったが、時すでに遅し。
「えいや!」
 反応する間もなく繰り出された妹の右ストレートが、鎧の兜を吹き飛ばしていた。
「うわー! すごい! 中身がない! 中身がないのに動いてる!」
「ちょ……予告なしの先制攻撃は卑怯ですぞ!」
「そんなの知らない! えい!」
 続けて妹の鋭い蹴りが脇腹に突き刺さり、踏ん張りきることができなかった鎧はまたしても吹き飛ばされる。地面をゴロゴロと転がっている最中に、右腕が取れた。
「うぬぬぬ……」
 回転の勢いを利用して起き上がった鎧は、兜と腕、どちらを取りに行くべきか逡巡する。
「いやどう考えてもここは腕なのです!」
 兜がなくなったからといって、視界を失うわけではない。鎧はすぐさま外れてしまった腕に手を伸ばす。
 が、その前に妹の飛び蹴りが胸部に炸裂した。
「ごふっ!」
 人間なら衝撃で心臓が停止していてもおかしくない――いや、その程度では済まない。肋骨を粉々に砕かれ、潰れた肉が飛び散るほどの威力。肉体はなくても痛覚はあるので、鎧は想像を絶する痛みにたまらず膝を折った。
「……なんか、つまんない」
 急に妹の表情が曇る。瞳からは光が消え、代わりに背中の翼がピンと伸びた。
 腹部に走る鋭い痛み。見れば、妹の左手の五指が針のように尖り、突き刺さっていた。妹はそのまま左手を握る。臓物が弾けることはないが、肉を抉られるような痛みが全身を駆け抜ける。
 バキン! と鉄を強引に捩じ切った音と共に、ついに鎧の一部が砕ける。
「う……ご……」
 それを見て、鎧は呻き声を上げた。それくらいしかできなかった。
「壊しちゃおう」
 あとは、地下牢で繰り広げられる、いつもの光景が続いていった。