にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

鎧さんと悪魔の姉妹-3

 剥き出しのレンガで造られた階段は、地下へ向かうにつれて明かりをともす燭台の数が少なくなり、闇が濃さを増していく。それは、罪人は闇の奥底で一生を終えるべきだという建築家の考えを示しているようだった。
 どうしてもの用事がない限りは地下には行かないようにしているため、この階段を降りるときは色々な意味で緊張する。
「なかなか風情のある階段ですな。故意に明かりを消してトラブルを装えば、後ろから抱きつける」
「どうでもいいけどエレベーターとか設置してくんないかなぁ。毎日朝昼晩この階段を上り下りしなきゃいけない人のことも考えてほしい」
 ……もっとも、今は緊張感の欠片もない二人が同行しているため、緊張よりも脱力のほうが大きかったが。
 階段を降り切った先に広がる地下空間は、錆びた鉄格子が並ぶ寂れた場所だった。城の周囲が湖に囲まれているせいか壁や天井の所々から水滴が垂れており、床に水たまりを作ってしまっている。湿度は高く、メイドの清掃が行き届いていない部分はカビが繁殖し放題になっていた。
 罪人を閉じ込めておくならともかく、人が住むにはいささか劣悪な環境と言わざるを得ない。
 が、構うことはない。住んでいるのは人ではないのだから。
「ここに妹殿が……」
 周囲を見回している鎧には、ある程度の事情を説明してある。最初はメイドに全てを押しつけて不貞寝し、あとで結果だけ聞きたかったのだが、
「鎧くんの正体を知りたいのはあなたでしょ? あたしは別に興味無いし。あ、でも妹ちゃんのところに行くなら付いていく。面白いことになりそうだからね」
 いつもの傍観者スタイルを崩す気はないらしく、仕方なしに鎧とメイドを連れて地下へとやってきたわけだ。メイドも言っていたが、鎧が城に元からあったものなら、幽閉初日に妹がなぎ倒してしまったものである可能性が高い。
「……むう」
 ガチャガチャと音を立てながら腕組みをした鎧は、低い唸り声を上げる。こんな場所に妹を閉じ込めている自分の非道に、何かしら感じるところがあったのだろうか。
「きっと妹殿も、姉殿に似てかわいらしいのでしょうなぁ……パンツは縞々を希望」
 全然違った。
 会って間もないというのに、鎧の変態発言には最早呆れるしかなかったが、
「やめて」
 この時ばかりは、怒りの感情のほうが勝った。
「私とあの子が似ているなんて、天地が裂けてもあり得ない。私とあの子を同じ生き物のように語らないで」
 私が出した鋭い声に驚いたのか、鎧は体を仰け反らせながら押し黙る。
 何も知らない第三者が見れば、血の繋がった妹をこんな風に扱うなど白状にも程があるのかもしれない。
 だが、私はあの子に全てを奪われたのだ。
 あの子のせいで両親は自ら命を絶ち、私は村を追われ、こんな得体のしれない城に幽閉されている。血の繋がりと幼いころのわずかな思い出がなければ、憎しみのまま殺してしまってもおかしくなかった。
「……っ」
 脳が圧迫されるような痛みを感じ、私はふらついてしまう。耳の奥がぐわんぐわんと鳴り、気分が悪くなる。
 妹のことを考えるといつもこうだ。原因不明の頭痛と耳鳴り……最近は収まっていたので治ったのかと思っていたが、単純に妹のことを考えていなかっただけらしい。
「大丈夫ですか? 姉殿」
「……気遣うフリをしてスカートに手を伸ばすのはやめて」
 私が指摘すると、鎧はすぐさま手を引っ込め、「何のことか分からない」と言いたげに頭をかしげてみせた。むかつく。が、おかげで頭痛と耳鳴りから意識が逸れて、楽になった。
「……お姉ちゃんのほうは長居したくないみたいだし、さっさと用事を済ませちゃおうか」
 そう言ったメイドは、鉄格子に挟まれた通路の先を指差す。
 そこは、薄暗い牢獄の中とは思えないほどの明るさに包まれていた。
 ……妹には会いたくないが、このまま鎧を放置して好き勝手動きまわられても困る。早いところ正体を突き止めて、しかるべき処置を取らなければ。
 私は憂鬱と苛立ちがない交ぜになり、大きなため息を吐く。それで幾分か気持ちが切り替わり、渋々ながら通路の奥――妹の元へと歩き始めた。私を先頭として、鎧とメイドも後に続く。鎧はともかく、日頃から妹に食事を届けているメイドが率先して先導するべきじゃないかと思ったが、言っても無駄なので黙って歩を進める。
 歩いてしまえば、それほど長い距離ではない。ものの数分で私たちは光の溢れる牢へと辿りついた。
 そこに、悪魔がいる。
「――ッ! 危ない!」
 後ろを歩いていたメイドが急に叫んだかと思うと、私の体を引き寄せ、倒れこむようにして覆いかぶさってくる。
 一体何を――と言おうとした瞬間。
 ドゴォンッ! と。
 メイドの頭上スレスレを巨大な鉄の塊が通りすぎ、轟音を立てて壁に激突した。
「なっ……」
 開いた口が塞がらなかった。もしメイドが助けてくれなければ、私は今頃鉄の塊に激突し、押し潰されてミンチになっていただろう。
「むー……壁をぶち抜くくらいの剛速球が投げられると思ったんだけどなぁ……」
 だから、続いて聞こえてきた呑気な声に激昂するのは仕方のないことだった。
「あ! お姉ちゃんだ! 久しぶりだねお姉ちゃん! あたし、ずっと会いたかったんだよ!」
 無邪気な笑顔を浮かべてこちらに駆け寄ってくるのは――絶対に認めたくないことだが、血のつながった私の妹だ。
 私と同じ髪の色。私と同じ瞳の色。
 そして、私と同じ一対の羽。
「会いたかった……? 私を殺そうとしたくせに……?」
「殺す? 何言ってるの? あたし、お姉ちゃんを殺そうとなんてしてないよ? メイドが持ってきてくれたおもちゃで遊んでただけ」
「ふざけないでッ!」
 私が感情に任せて叫ぶと、覆いかぶさっていたメイドが神妙な顔つきになりながら、ゆっくりと立ち上がった。
「おもちゃ、ね。殺風景な部屋を少しでも彩ろうと、とびきり頑丈な家具を買ってきたつもりだったんだけどね。なるほど。妹ちゃんの目にはいつもと同じ『おもちゃ』にしか見えなかったか」
 皮肉っぽい言い回しだったが、メイドの表情に感情らしい感情は浮かんでいない。諦観の面持ちと表してもいいくらいだ。
 私の心中は、メイドとは真逆の方向に荒れ狂っている。
 妹が嘘を言っていないことは分かっていた。彼女はただ遊んでいただけなのだ。巻き込まれればタダでは済まないような遊びを、純粋に楽しんでいただけなのだ。
 なんて腹立たしいのだろう。
「アンタのやることは、いつだって『自分は化け物です』って言ってるようなことばかり! 普通の遊びは、当たったら人が死ぬような鉄塊を投げたりしない!」
「あ……でも……」
「言い訳なんて聞きたくない」
 寂しそうにしゅんとうなだれる妹の様子に、さらに苛立ちが募る。
 化け物のくせに、人間みたいな顔をして。
「……つくづく思うわ。アンタを地下牢に閉じ込めて正解だったって。一緒に暮らそうものなら、命がいくつあっても足りやしない」
「…………」
 うなだれる妹を一瞥して、私は地下牢から去ろうとする。
「ちょい待ちお姉様。頭に血が上って、ここに来た目的を忘れちゃいないかい?」
「……ちっ」
 図星だった。私は大きなため息を吐くと、妹に背を向けたまま鎧のことを訊こうとする。
 そこで、ようやく気付いた。
「……あれ? あの変態鎧野郎はどこに行ったの?」
 いつの間にか、一緒にいたはずの鎧の姿がない。探そうと周囲を見回したところで、
「お~い……ここでござる~……早く助けて下され~……」
 今にも消えそうなか細い声が、壁にめり込んだ鉄塊の隙間から聞こえてきた。


「ふう。死ぬかと思いましたぞ」
「……頑丈ね。アンタ」
 妹が鉄塊を脇に避けると、意外にも鎧はほぼ無傷だった。表面が少し凹んだだけで、これであんな死にそうな声を出していたのかと思うと釈然としないところはある。
 壁のほうは大きなクレーターができてしまっているが、幸いなことに水漏れはしていないようだった。もし、妹の言うように鉄塊が壁を貫通していたら、今頃地下牢は水没していただろう。
「うわー! 喋って動く面白鎧だーっ!」
「紳士の鑑である我輩に向かって面白鎧とは失敬な! 罰としてスカートめくっちゃいますぞ!」
「あはは! なにそれ意味分かんない!」
「おーい。二人ともほどほどにしておかないと、またお姉様に雷落とされるぞー」
 体の調子を確かめるように腕をぐるぐる回していた鎧を見て、妹の瞳が好奇心でいっぱいになる。それを見た私は、ひとつの妙案を思い付く。
 その前に、わざわざここに出向いた目的を果たさなければならない。
「……ねえ」
「何? お姉ちゃん」
 あれだけ罵られたというのに、妹はケロッとした様子で笑顔を浮かべている。最早、怒りを通り越して呆れるしかない。
「この面白鎧に見覚えある? 別に動いてなくても喋らなくてもいいから、同じデザインのやつが地下牢に置いてなかった?」
 私の問いに、妹は一瞬だけ考える素振りを見せたあと、
「えーとね、わかんない!」
 あっけらかんと答えた。
「でしょうね」
 予想していた答えだ。妹がそんな細かいことを覚えているはずがない。メイドの言った通り、地下牢の隅には兜や鎧が山積みになっていたが、妹が「遊んだ」せいでどれも原形を留めていなかった。万が一ということがあるので、確認のために足を運んだわけだが、ただの徒労どころか、無用な怒りと苛立ちが募るだけだった。
「で、どうする? 結局鎧くんの正体は分からずじまいだけど」
「……そうね」
 件の鎧は妹のスカートをめくろうと追いかけ始め、妹は楽しそうに笑いながら逃げ回っている。その光景だけ見れば、微笑ましさを感じる人間もいるかもしれない。……鎧の目的と地下牢という場所を除けば、だが。
「鎧の正体は気になるけど、手掛かりがないんじゃ探しようがないわ。かといってあの鎧の山をいちいち確認する気は起きないし、私はこの辺で降りさせてもらうつもり」
「そう。じゃ、鎧くんの真実は闇の中、ってことで」
「……気になるなら、あなたが探せばいいじゃない」
「疲れるから嫌だよ。それに、あたしは自分から動くことはしない主義なの」
「……変なおみやげは買いこむくせに」
「あれは店の人に勧められたから。自分から買おうと思ったわけじゃない」
 嘘ばっかり、と心の中で反論しつつ、私は走り回る鎧に視線を向ける。
「フホホ……幼女を追いかけ回すというのも、ゾクゾク来るものがありますな……! 罪悪感と背徳感と薄布への欲望で心がかき乱される感覚がたまらん……!」
「……楽しそうね」
「ハッ!? こ、これは姉殿。我輩は決してロリコンではありませぬぞ! ただ、妹殿の無防備な姿があまりにも破廉恥でして!」
「……アンタの性癖なんて聞いてないわ。でも、アンタが小さい子好きなら都合がいいかもね」
「ふむ? それはどういう……」
 鎧が立ち止まったことで逃げるのをやめた妹がこちらに駆け寄ってくるのを確認しつつ、視線は明後日の方向に向けたまま告げる。
「――この鎧、アンタにあげるわ。私からのプレゼントよ」
「えっ! 本当に!? わーい、やったー!!」
「えっ! 本当に!? 聞いてないですぞ姉殿!!」
 全く違った反応を見せる二人に可笑しさを感じつつも、有無を言わせないように背中を向けながら、続ける。
「鎧さんはアンタのことが大好きみたいだから、たっぷり遊んでもらいなさい」
「はーい!」
「ちょ、ちょっと姉殿!?」
 妹の元気のいい返事と鎧の困惑した声を聞きながら、私は地下牢を後にした。
 地上への階段を上っていると、背後から声がかかる。
「あれでよかったのかい?」
 振り向いたときには、すでにメイドは私の隣に並んでいた。両手を頭の後ろで組み、こちらの心中を見透かそうとするような視線を向けてくる。
「我ながら上手い案を思い付いたと褒めてやりたいくらいね。面倒事が一気に片付いたわ」
「あたしとしては、その面倒事に振りまわされてるあなたを見るのが楽しいんだけどなぁ」
「別に、あなたを楽しませるためにここで暮らしてるんじゃない」
「ごもっとも」
 それからしばらくは沈黙が場を支配したが、もうすぐ階段を上りきるといったところでメイドが口を開いた。
「相変わらず、妹ちゃんはお姉ちゃん大好きだね」
「私は大嫌いよ」
 それきり、会話は続かなかった。