にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

鎧さんと悪魔の姉妹-2

「いやいや本当に知らないって。あたしはスカートめくる鎧の幽霊なんてたった今初めて目にしたところだよ」
「証拠」
「あたしの瞳を見てごらんよ」
「……ドブネズミが住み着くくらい濁った色してる」
 私の容赦のない一言に、オーソドックスなメイド服を着た女性は「心外ね」と言いつつも微笑を浮かべた。その表情からは蠱惑的な香りが漂ってきたが、ショートカットの黒髪に切れ長の瞳、シャープな顔のラインは見ようによっては男性にも見える。ヘッドドレスを着けていないため余計に。ゆったりとしたメイド服の生地に隠されて体型は判別しづらいが、余計な贅肉が付いていないことくらいは分かる。
 私は自分の腹肉をつまんでぷにぷにとした感触を確かめてから、半目で鎧の幽霊を睨みつける。
 食堂へと入った私は、すでに待っていたメイドに対して開口一番鎧のことを問い詰めた。が、彼女は「知らない」の一点張り。嘘がこの上なく上手い人なので安易に信用はできないが、この分だと本当に知らないのかもしれない。
「あ、ごめん。やっぱ知ってた」
 ……訂正。私のことをおちょくって楽しんでいただけのようだ。
 私の剣呑さに気圧されたのか、メイドは慌てた様子で「今思い出したの」と前置きをしてから、言葉を続ける。
「どっかで見たことあるなと思ったら、確か妹ちゃんの部屋に似たような鎧が大量に転がってたよ。兜も鎧も籠手もバラバラになって適当に積まれてたから、ただのゴミだと思ってた」
 突然妹の名前が挙がったことに、私は眉をひそめてしまう。
 この城に来たその日から、妹は地下に閉じ込めてある。とはいっても、かつて牢屋として使われていた地下空間はかなりの広さがあり、生活に必要なものはメイドに頼んで持ちこんでもらったので、不自由はしていないはずだ。毎日の食事も、朝昼晩三食きっちりメイドが届けている。もっとも、私は必要がないなら極力会わないようにしていたが。
 地下で暮らすことを命じた初日、鉄くずの山をぶちまけたような轟音が響き渡り、慌てて様子を見に行ったことを思い出す。その時妹は、整然と並んで飾られていた鎧を全てなぎ倒してしまったのだ。何故牢屋に鎧が飾られていたのかは不明だが、ともかくメイドが見た山積みの鎧とは、崩したまま放置されたそれだろう。一応「直しておけ」と言ったはずなのだが、今でもそのままらしい。
「……で、アンタは結局何なのよ?」
 正体を知るには本人に訊くのが手っ取り早い。私は少し離れた位置で棒立ちになっている変態甲冑に話を振ってみる。
「…………」
「ちょっと、聞いてる?」
「…………」
「おーい。もしもーし」
「…………」
 こちらの呼び掛けに対して、一切の反応を示さない鎧野郎。
 まさか、中の幽霊が消滅してただの鎧に戻ったんじゃ……と思ったのも束の間。
「……隙がありませんな。メイド殿」
「ふふん。あたしのスカートをめくろうなんて百万年早いよ」
 私は無言のまま鎧野郎の横っ腹に蹴りを入れた。
 すっかり油断していたのか、鎧野郎は「ぬおっ!?」と情けない叫び声を上げながら倒れ、またしても床に激突して兜が外れる。先程と同じくその下には空洞が広がっているだけだったが、今度は驚かない。代わりに、メイドが興味津々といった様子で「本当に幽霊さんなのか~」とにやついていた。
「さっさと質問に答えろこの変態野郎」
「失敬な。世の中には『変態紳士』などという紛い物を揶揄した言葉がありますが、我輩は彼らとは違う。風になびく薄布に隠された神秘と美の神髄を追い求めるれっきとした紳士であり、いわばトレジャーハンターなのですよ」
「スカートめくりのどこがトレジャーハントなのよ!」
 ふざけたことを言った罰として兜を思いっきり蹴飛ばしてやる。だだっ広い食堂の中を転がる兜を、首のない甲冑が慌てふためきながら追う。シュールなコメディ映画を見ている気分だ……とメイドなら言うのだろう。私は映画なんてものを見たことがないから、どんな気分なのかは知らない。
「……で。我輩がどのような女性が好みか、という話でしたかな」
「違う」
 兜を拾い上げ、元の位置に嵌め直した鎧がまだ戯言を続けようとするので、私は怒気を剥き出しにして睨みつける。すると、鎧はさすがに空気を読んだのか、オホンと咳払いをしてから言葉を紡ぐ。
「実は、我輩も自分が何者なのかよく分かっていないのですよ」
「……どういうこと?」
「気が付いたらこの城の中を彷徨っていたのです。直前の記憶から自分の名前に至るまで思い出せるものは皆無。昔の記憶らしき映像がおぼろげに浮かぶのですが、断片的過ぎてワケが分からないといったところです」
「それでどうして私のスカートをめくったわけ?」
「本能に従ったまでです」
「最悪ね」
 嘆息した私が視線でメイドに意見を求めると、
「本能うんぬんはともかく、嘘は吐いてないんじゃないの? 何となくだけど」
 右手で髪をかき上げながら、「それ以上は言えない」と言わんばかりに肩をすくめる。
「あ、ついでに言っておくと、外部からの侵入者って線はないよ。あなたたちがこの城に来てから今まで、出入りしたのはあたしだけ」
「それは、人間だけに限った話?」
「……そこまで範囲を広げられると、自信を持って『侵入者は皆無』って言えないかな。あたしのセンサーに引っ掛からずに入ってきた人ならざる者はいるかもしれない」
「そう」
 当たり前のことだが、目の前にいるこの鎧は人間ではない。中に幽霊が入っているのか、鎧の形をした悪魔なのかは知らないが、自分たちと同一の存在でないことは確かだ。
 この世界には人知を超えた超常現象を引き起こす特別な力がいくつかあることは、私も承知済み――というよりも、実際に見た。だから、鎧が急に動いて喋り始めたとして、驚きはしても「これは夢だ」と現実逃避することはない。
 鎧の存在を認めた上で考える。こいつは一体何なのだろうか。
「悩む前に、行くところがあるんじゃない?」
 顎に手を当てて思考を深めようとしたところで、メイドが声をかけてくる。
「行くところ?」
「そ。妹ちゃんのところだよ」
 その時の私は、露骨に嫌そうな顔をしていただろう。