にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

鎧さんと悪魔の姉妹-1

 北の最果てにあるその城には、二人の悪魔が住んでいる――


 暗闇の中で、私は目を覚ました。
 毛布の温もりから離れるのが惜しくて、右手だけを伸ばして枕元にあるランプの明かりを点ける。ささやかな暖色の光が瞼に届き、私はようやく体を起こした。
 窓の無い部屋は小さなランプだけで照らすには広すぎて、周囲のほとんどが闇に覆われている。それでも、長年の生活によって身に付いた習慣というものは案外頼りになるもので、服や下着、雑多な本類で散らばった床を器用に歩きながら、私は壁に埋め込まれた天井の明かりのスイッチを押した。ぱあっ、と部屋の中が明るくなり、惨憺たる現状が目に飛び込んできた。が、いつものことなので無視しつつ、私は山積みになった服の中から白地の簡素なドレスを引っ張り出し、寝間着から着替えようとする。
(……邪魔だな。この羽)
 寝間着を脱ぐときに、背中に生えた蝙蝠のような羽が引っ掛かり、私は疎ましげにため息を吐いた。グッと力を込めて羽を縮こまらせなければ、満足に着替えもできやしない。幼いころは、服の中に隠れるくらいの大きさだったのに……手に取ったドレスにも、羽を通すための穴が開けられていた。
 その羽こそが、悪魔の証拠ではないか――
 記憶の奥底に封じ込めたはずの言葉が蘇り、ますます気分が曇る。
 朝食でも食べて気分を切り替えようと、私は部屋から出た。

 窓も時計もないこの城にいては、今が朝なのかどうかは分からないが。
 
 北の最果てにある広大な湖。その中心にある古城。
 私がここに連れてこられたのは、十年ほど前のこと……だと思う。何せ正確な時間を計る手段がないため、体感時間だけが頼りの状況である。人並みに成長した体が、ここに来て相応の年月が過ぎたことの証だった。
 とある農村のごく普通の家庭に生まれた私には、他の赤子とは違う奇妙な部位があった。言うまでもなく、背中の黒い羽である。
 人は自分と異なる存在を嫌悪する生物だ。当然のごとく私たち家族は迫害され、村に不運が起こるたびに有りもしない責任を押し付けられた。
 そんな苦境に立たされながらも、両親は決して私たちを見捨てなかった。他の家庭と同じように――いや、それ以上にたくさんの愛情を注いでくれた。
 やがて、村を離れて家族だけで暮らしていく資金が貯まったころ。事件は起きた。
 村中の家畜がひと夜にして惨殺されていたのだ。そして、真っ赤な血にまみれた五歳の少女……私の妹が、村の広場で笑っていた。
 私と同じように背中に黒の翼を生やした妹は、自分がやったことを認めた。常人は持たざる異能の力――魔術を使い、興味本位で家畜を殺しつくしたのだ。
 もはや、言い逃れはできなかった。
 追い込まれた両親は、私たちを置いて自ら命を絶った。残された私と妹は「悪魔の子」として火あぶりに処されるところだったが、それを不憫に思った村の神父にかくまわれ、彼の知り合いである魔術師によってこの城へと連れてこられた。
 以来、私たち姉妹はこの城に閉じ込められている。
 深緑色の絨毯が敷かれた廊下に出ると、自動的に壁に設置された燭台に火が灯った。冷たい石造りの城は、遥か昔偏屈な魔術師が建てたものらしく、住んでいる人間が手を煩わせることがないよう様々な魔術が張り巡らされている。と、言っても時間の経過と共に魔術の構築には綻びが生じており、私が自室として使っている部屋なんかは「外」の技術を取り入れて改築しなければ明かりも灯せなくなっていた。それほど広い城ではないが、他にもそんな部屋がいくつもあるらしい。
 未だ覚醒しきらない頭のままふらふらと歩き、自室の近くにある食堂を目指す。長い黒髪はボサボサだが、見てくれを気にするような恥じらいは当の昔に捨ててしまった。どうせ誰かに見られるわけじゃない。
 ……いや。一応他人の目があることはある。ここには、私たち姉妹の他に、私たちの世話をするためのメイドが一人、住み込みで働いている。年齢不詳の変わり者で、単純に「金が稼げるから」という理由で仕事を引き受けたらしい。この城に来てからずっと一緒に暮らしているが、「互いに必要以上の干渉をしない」という取り決めのせいで、私はメイドの名前すら知らなかった。そして、それは向こうも同じだろう。
 この時間――時計がないため体内時計頼りだが――なら、メイドが朝食を用意してくれているはずだ。
「……あれ?」
 食堂に入ろうとしたところで、私は足を止めた。両目をこすり、もう一度目の前の光景を確認する。
(こんなところに鎧なんてあったっけ?)
 どうやら見間違いではなかったようだ。食堂へ続く扉の脇に、誇り高き騎士団で採用されていそうな甲冑が鎮座していた。素材の劣化具合を見るにそれほど古いものではなさそうだが、埃や砂のせいで薄汚れており、とても景観を彩るための美術品とは思えない。
 一体誰が持ち込んだのだろうか……と考える必要はない。自分で身に覚えがないなら、間違いなくメイドの仕業だろう。彼女はたびたび城の外へ出ており、その度におかしな物品を買いこんでくる。
 以前にもおどろおどろしい絵画を買ってきて、勝手に私の部屋に飾ったことがあった。珍しく感情を顕わにして怒った私だったが、あまりの恐怖に腰を抜かした場面を見られたからじゃない。決して。
 怒る私に対して、メイドは涼しい顔で「妹ちゃんの悪戯じゃないの?」と言い訳をしてみせたが、そんなことはあり得ない。
 何故なら、妹は地下にある牢獄に閉じ込めてあるのだから。
「…………」
 妹のことを考えたせいで、重かった気分がさらに重くなる。早く胃に物を入れて気を紛らわせようと、扉のノブに手をかけたときだった。
 ふわり、と。
 風も吹いていないのに、スカートがめくれ上がった。
「――え?」
 突然の出来事に、私は呆然と立ち尽くすしかない。

「……ふむ、白ですか。悪くはありませんが、もう少し飾り気が欲しいところですね。我輩的にオススメなのは黒のレースですかね。清純そうな子が黒い下着を穿いているというのは、表面上とのギャップのおかげで妄想力が掻き立てられますよ」

 すると、すぐ隣から冷静な声色の変態的な言葉が聞こえてきた。
 見れば、メイドが持ち込んだと思われた甲冑が、いつの間にか屈んでおり、私の股下――スカートがめくれて顕わになった下着を覗きこんでいた。
「なっ……ななな……」
「おや失敬。紳士たる我輩としたことが」
 めくられたスカートが自然に戻ると同時、喋る甲冑は素早く立ち上がる。
「汚れの無い純白というのも十分魅力的ですよ。我輩も大好きです」
「謝るのそこじゃないだろうが!!」
 細かいことを全部すっ飛ばして、怒りのまま蹴飛ばした。
「おうっ!?」
 すると、甲冑はガシャンガシャンとけたたましい音を立てながら仰向けに倒れた。
 その衝撃で兜が外れ、その下にある素顔が――
「顔が……ない……!?」
 あるはずのものがなかった。にも関わらず、甲冑は「いてて」と気の抜けた呟きを漏らしたあと、転がった兜を拾い上げ、元の位置に嵌める。
 タネも仕掛けもないのなら、心霊現象で間違いない。憤りが恐怖でかき消されていくのを感じ、私は無意識のうちに後ずさっていた。そういた類のものが「出る」雰囲気だけなら申し分ない場所だが、実際に目の当たりしたのはこれが初めてだった。妹が引き起こした家畜の惨殺現場を見たときも、私はすぐに失神してしまったのだ。
 甲冑は他にも外れている部位がないかどうか確認し、慎重に立ち上がる。
 そして、顎に手を当てて何かを思案したあと、
「もう一回蹴っていただいてもよろしいですか? 思った以上の快感だったもので」
「何この変態!」