にわかオタクの雑記帳

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リミット・シェル・ブレイク-2【ヴァンガードオリジナル小説】

 何となくそのまま自宅に帰る気分ではなくなってしまったので、遠回りをすることにした。小学生の頃の記憶が頼りなので迷わないか若干心配だったが、意外と覚えているものだ。
「ここは……」
 気付けば、俺はある店の前で立ち止まっていた。
 カードショップ、サウザンド・ハンド。
 ヴァンガードを愛してやまない店主が趣味全開で経営している個人店で、俺もよく通っていた。昔はここと駅前くらいにしかカードショップがなかったし、何より店長が気さくないい人で、余ったカードを子供たちに配ってくれていたのだ。
 郊外にできたショッピングモールの中には、ここよりもずっと広くて綺麗なカードショップが出店しているので、てっきりここは潰れてしまったと思っていたのだが……
「……入ってみるか」
 今はあまりヴァンガードに関わりたくないのだが、悩んだ挙句懐かしさのほうが勝り、結局店内を覗いてみることにした。
 自動ドアが開く。踏み入れて目にした景色は、昔と変わらなかった。
 こじんまりとした店内の右手には平べったいショーケースがあり、中にはヴァンガードのシングルカードが綺麗に並べられている。左手にはサプライ品がラックにかけられているが、店長の方針のせいで必要最低限のものしか置いていない。確か、「スリーブやケースにお金をかけるくらいなら、新しいデッキ組むためのカード買おう!」と言っていた気がする。そのカードを守るためのサプライ品じゃないかとも思うんだけどな。
 カードのパックはレジ脇にあるが、俺は店長に口頭で伝えて後ろの棚から商品を出してもらった記憶がある。
 奥には6人掛けの長机が4つほど並んでおり、そこがファイトスペースになっている。駅前のショップではスペースを利用する際に300円以上の買い物が必要だったが、ここは無料だったはずだ。狭くてお世辞にも綺麗とは言えないスペースだが、少ないお小遣いをやりくりしなければならない小学生にとっては、無料でスペースが使えるというのは非常にありがたかった。俺が通っていた小学校にはヴァンガード部がなかったので、学校でやってるとすぐ先生に没収されてしまったから余計に。
 ……そういや、あいつとはここで初めて会ったんだっけ。
 この店での初ファイト。その対戦相手の顔を思い浮かべようとしたときだった。

「あら、見かけない顔ね。この店は初めてかしら?」

 店の奥――ファイトスペースから、透き通った女性の声が響いた。
「え、いや……」
「店長なら席を外してるわよ。昨日の夜に食べたレバーにあたったんですって。トイレにこもってるけど、当分は出てこないんじゃないかしら。買いたいものがあるのなら、後日出直した方がいいわ」
 栗色の長髪を自らの手でなびかせながら、声を発した女性は俺の方に近づいてくる。パッと見渡した限り他の客は見当たらなかったので、ここにいるのは俺一人だけだと思っていたから、不意に声をかけられてびっくりしてしまった。相手が女性とあればなおさらだ。
 年は俺と同じ……高校生くらいだろうか。見慣れない制服に身を包んだ少女は、アイドル顔負けの可愛らしい顔立ちをしていた。中でも、宝石のような輝きをたたえる大きな瞳は見ているだけで吸い込まれそうになってしまう。
 スレンダーな身体つきだが、スカートが極端に短いせいで、どうしても脚に視線が向いてしまう。黒のニーソックスとミニスカートのわずかな隙間から見える白い太ももは、まさに絶対領域と言わんばかりの妖しい魅力を醸し出しており――
「ねえ、今時間ある? よかったらあたしとヴァンガードファイトしない?」
 声がしたことでようやく視線を引きはがした俺は、突然の提案に「え?」と面食らう。
「もうとっくに学校は終わってるのに誰も来ないし、店長はトイレから出てこないし、退屈で仕方がなかったのよ。このままお預け食らっちゃったら、体が火照って今日は眠れないわ。いいでしょ?」
 そう言って、少女は両目を細めて妖艶な笑みを浮かべる。同年代とは思えないほどの艶やかさに、色恋沙汰とは無縁だった俺も思わず生唾を飲み込んでしまう。
「い、いや。でも俺は……」
 一応、デッキは持ってきているから、ファイトすることは可能だ。
 しかし、俺はヴァンガードのせいで惨めに逃げ出してきたと言っても過言ではない。いきなり見知らぬ相手とファイトすることには、抵抗がある。
 俺が返事を渋っていると、少女は痺れを切らしたのか、
「それならご褒美をつけるわ。もし君が勝ったら、1つだけ何でも言うこと聞いてあげる。好きなこと命令していいわよ。これでどう?」
 思春期の少年には魅力的過ぎるエサをチラつかせてきた。
「……俺が負けたらどうなる?」
「どうもしないわ。こっちが付き合わせてるんだもの。ファイトしてくれれば、それ以上の要求はしない」
「ほ、本当に何でも言うこと聞いてくれるのか?」
「二言はないわ。死ね、とか言うのはさすがに勘弁してほしいけどね」
 少女は「ふふ」と笑いながら、ぷっくりと程よく膨らんだ唇に指を這わせる。この時点で、ファイトの申し出を断る気はかなり薄れていた。正直なところ、実際にエロいことをする勇気は俺にはなかったが――少女が漂わせる蠱惑的な雰囲気が、正常な判断を妨げていた。
「……分かった。いいぜ。ファイトしよう」
「やったぁ! それじゃ、すぐに始めるわよ!」
 俺が承諾すると、少女は無邪気な子供のように両腕を挙げて喜びを顕わにする。
 女を意識させる振る舞いをしたかと思えば、子供のようにはしゃいだりもする。不思議な少女だった。