にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

デュエルモンスターズ CrossCode ep-8th プロローグ-10

「はぁ……<ラビードラゴン>をデッキに入れたことはまだいいとしても、あのプレイングは頭の中身を疑うわ。さっきまではちゃんとあたしが言った通りにできてたのに、何で急にあんなことしたの?」
「だって……やっぱり好きなモンスターで戦いたいじゃないですか。手札に<突進>があったので、勝てると思ったんです」

<突進>
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
エンドフェイズ時まで700ポイントアップする。

「その気持ちは分からなくはないけど、強くなりたいならより勝ちに近づく選択肢を取るべきよ。ロマンばかり追い求めていては、勝ちを逃してしまうこともある」
「そう……ですか……」
 クロガネのオーダーは「デュエルが強くなること」だ。単純に楽しむだけのデュエルなら、自分の好きなカードばかりを入れたデッキを使ってもいいだろうが、勝ちを目指すなら余計なこだわりは極力排除しなければならない。
 もっとも、自分のこだわりを極限まで突き詰め、一線級の相手とも対等に戦えるだけのデッキに昇華させたデュエリストもいるが、クロガネがその域に達するのは遠い未来の話だろう。1日や2日で到達できる領域ではない。
「とりあえず、デッキ構築からやり直しね。今度はあたしがアドバイスするから」
「よろしくお願いします……」
 多栄としては軽く注意しただけのつもりだったが、ロマンの否定はクロガネにとって堪えたようだ。これはあまり迂闊なことは言えないかな……いやいやでもこれくらいでしょげてたら強くなんてなれないしな……と悶々としながらふと壁にかけられた時計に目をやる。時刻はすでに午後9時を回ろうとしていた。
「もうこんな時間……」
 時間を意識した途端、胃が空腹を訴えてくる。それはクロガネも同じだったようで、ぐーっと腹の虫が鳴った。
「続きは明日にしましょう。そろそろ帰らなくて大丈夫? お父さんとかお母さんが心配してるんじゃない?」
 夕食をご馳走したいのは山々だが、これ以上クロガネの家族にいらぬ心配をかけるわけにもいかない。そう思った多栄だったが、
「いえ、両親はもういないので大丈夫です」
 クロガネはあっけらかんと言ってみせる。「もういない」ということはつまり――
「……ごめんなさい」
「なんで多栄さんが謝るんですか?」
「だって、嫌なこと思い出させちゃったかなって」
「そんなことないです。僕にとって、絶対に忘れちゃいけない記憶ですから。こっちこそ気を使わせちゃってすみませんです」
 クロガネの言い回しは少し気になったが、今日会ったばかりの自分が踏み込んでいい話には思えなかった。
「じゃあ、親戚の人の家で暮らしてるの?」
「ついこの間まではそうでしたが……ここに来てからは1人で野宿してます」
「へ? の、野宿?」
「はい。昨日は近くにある公園で寝ました。そしたら知らないおじさんがパンを恵んでくれて。けど、代わりに2、3枚写真撮らせてくれって言われたので丁重にお断りしてパンは返しました」
「それは断って正解だよ……」
 野宿している子供に「パンあげるから写真撮らせてくれ」なんて頼むおじさんなんて、確実に変態である。クロガネを女の子だと勘違いしたのか、それとも男の子でも構わないという真正だったのか……想像するだけで寒気がしてくる。
 そうでなくとも子供が1人で野宿なんてしていたら、通報されて警察に保護されてしまうだろう。そうならなかったのは幸運なのか不幸なのかは判断に迷うところだ。
「どうして野宿なんてしてるの? 親戚の人と喧嘩でもした?」
「そういうわけじゃありません。おじさんとおばさんはとても優しくて、いつも僕のことをかわいがってくれます」
「なら――」
 どうして、と問う前に、クロガネはきっぱりと告げた。

「帰りたくても帰れないんです。僕はこの世界の人間じゃありませんから」

「は……?」
 今日一日でクロガネにどれほど驚かされたか分からないが、またしても多栄は開いた口が塞がらなかった。
「ええと……この世界の人間じゃないっていうのは……」
「僕は別の世界から来たんです。強くなるために」
「……そういえば訊いてなかったけど、クロガネって歳いくつ?」
「14歳です」
「なるほどね……」
 話は聞いたことがある。14歳――中学2年生くらいの思春期の少年少女が突如かかってしまう不治の病で、現実と虚構の区別がつかなくなってしまい、漫画やアニメといった創作物の設定などを持ち込むことで自分が特別な人間だと思いこんでしまう「中二病」。おそらく、クロガネも似たような状態に陥っているのだ。そう考えると、今までの言動で納得のいく部分がある。
 加えて、家出した本当の理由も話したくないのだろう。だからこんな風に嘘を吐いているのだ。
 多栄は警察に連絡して保護を求めるかどうか迷うが、
(師匠になる、って約束しちゃったもんね)
 弟子入りを承諾してもらえたときの心底うれしそうな笑顔を、裏切ることはできなかった。
「……なら、今日はここに泊まっていきなさい」
 このままクロガネを放り出せば、きっとまた近くの公園で夜を明かすのだろう。それが分かっているのに何もしないほど、薄情な人間ではないつもりだ。
 部屋に客を招くこと自体久しぶりだというのに、今日会ったばかりの人間――しかも異性を泊めることになるなんて、多栄には初めての経験だった。父親に話したらショックで心臓発作でも起こしかねない。不安がないわけではなかったが、1人で野宿をしているクロガネを心配するほうの気持ちが勝った。
「……申し出はありがたいのですが、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
「別に迷惑だなんて思ってないよ。私的にはむしろ、野宿されるほうが迷惑かな。どんなトラブルに巻き込まれるか気になっちゃって仕方ないし」
「いえ、そういうことではなく……」
 クロガネが言い淀む。泊まりたくない理由でもあるのだろうか。
 それに見当がつく前に、クロガネは何かを決心したように大きく頷くと、
「……分かりました。それでは、お言葉に甘えて今晩だけご厄介になります」
「そんなに大袈裟に構えなくても……」
 クロガネの慇懃な態度を見ていると、間違いなんてそうそう起こらないと安心できる。
「まあ、これでお泊まりは確定ね。とりあえず夕食にしよっか。あ、その前に着替えとか必要なものの買い出しに行ったほうがいいのかな。冷蔵庫もすっからかんだし……」
「僕のことはお気遣いなく。けど、買い出しなら手伝います。これでも力には自信がありますから」
「それじゃ、頼りにさせてもらおうかな。近所に衣料品も取り扱ってるスーパーがあるから、そこに行きましょう」
 さっそく出かけようとカバンから財布を取り出し、壁に掛けてあったエコバックを持ってから、気付く。そういえば制服のままだった。
「ちょっと着替えてくるね。覗いてもいいけど、そしたら夕食抜きだから」
「そ、そんなことしません!」
 下着姿の多栄を想像してしまったのか、顔を真っ赤にしながら声を荒げるクロガネ。
(今まで散々驚かされたから、これでちょっとは仕返しできたかな?)
 期待通りの反応を見れた多栄はクスッと笑いながら、寝室へと引っ込む。
「……多栄さんは、僕が必ず守りますから」
 呟いたクロガネの一言は、多栄の耳には届かなかった。