にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドA 鉄屑の雨-3

 幼いころ、天羽はひとりぼっちだった。
 ゼロリバースのせいで両親を失い、頼れる親類もおらず、ひとりきりで生きるしかなかった。周りの大人たちは自分たちが生きることに精一杯で、誰一人として天羽を助けようとはしてくれなかった。
 手先の器用さには自信があったので、財布や金目のものをかすめ取るスリ行為で、生きるための金を手にしていた。
 掃き溜めの底で生きる天羽にとって、唯一の心の拠り所がデュエルモンスターズのカードだった。
 当時は今よりも力が弱く、カードの精霊の声がわずかに聞こえるだけだったが、途切れ途切れに響く声が、楽しげな音楽を奏でているようで、幼い天羽の心を癒してくれていた。
 そんなある日、天羽は1枚のカードを拾った。
 そのカードは、他のカードたちと違い、はっきりとした言葉を響かせた。

「タスケテ。サビシイ」

 何度も響くその言葉に共感した天羽は、そのカードを助けてあげようと必死に駆けずり回った。
 しかし、具体的にどうすればいいか分からず、そのまま道端で倒れて意識を失ってしまった。その時は、後悔と罪悪感に締めつけられたものだが――
 目を覚ますと、そのカードが発する言葉が変わっていた。

「アリガトウ」

 天羽が持っていた他のカードの内数枚のイラスト部分が黒く塗りつぶされてしまっていたが、礼を言われて舞いあがっていた天羽は大して気にしなかった。
 こんな自分でも、誰かを助けることができた。
 それが無性にうれしかった。
 その後、天羽は常にそのカードを持ち歩いた。
 最初は短い言葉しか言えなかったカードも、時間が経つにつれ徐々語彙が豊富になっていき、ついには天羽と会話できるまでになった。そこで初めて、天羽はカードの精霊という存在を知ったのだ。
 ずっとひとりぼっちだった天羽にとって――カードの精霊は初めての友達だった。
 薄汚れた世界で辛く苦しい生活を強いられても、友達と一緒なら何も怖くなかった。
 どんなに深い闇の中でも、一筋の光さえあれば生きていける。
 天羽にとって、カードの精霊は一筋の光だった。
 そのカードは、デュエルでも大活躍だった。
 拾い集めたカードで組んだ寄せ集めのデッキにも関わらず、そのカードのおかげで天羽は連勝を重ねた。やがて天羽自身の腕前も上がり、カードパワーに頼らずとも勝てるようになっていった。
 それでも、「友達」は特別だった。
 デュエルに負けた不良に「お前のせいでカードが使いものにならなくなった」とイラストが黒く塗りつぶされたカードを見せられたが、天羽は知らないと突っぱねた。何しろ、当時は本当に知らなかったのだから。
 デュエルで勝つたびに、精霊の言葉遣いは流暢になっていった。
 その事実が何を意味しているのか。
 それを知った時、天羽の運命は大きく揺れ動いた。
 あの時――友達の姿を初めて目撃した時。
 目の前に立つ「化け物」が、自分の「友達」だと知った時。

 「化け物」が、他の精霊を喰っていた時。










 屋根が崩壊し、空間の半分以上が空の下にさらけ出されている小劇場のホール。そこが研里吾郎のアジトだった。
 観客席は左半分が瓦礫に埋まり、無事な右半分の座席も長い間日の光に晒され続けたため、すっかりシートが色褪せてしまっている。舞台の一部には大きな穴が開いており、劇場としての機能を完全に失っていた。何人かの人間が一緒に暮らしていた形跡もあるが、今ここにいるのは研里1人だけだ。彼の実力であれば有名なデュエルギャングに入ることはたやすく、実際何度も勧誘されたが、群れることを嫌った研里は全て断った。
 他人の力など当てにならない。
 自分が強くなければ生き残れない。ここはそういう世界だ。
 サテライトで暮らしてきた研里は、それを身にしみて実感してきた。
 観客席の最前列に腰かけていた研里は、背後で砂を踏む音が鳴ったことに気付く。
 左腕のデュエルディスクを展開しつつ、面倒くさそうに首を動かして訪問者の姿を確認する。背後を取られたというのに行動が間延びしているのは、訪問者から殺気を感じなかったからだ。
「誰かと思えば……またぶっ飛ばされに来たのか?」
「私は好き好んで殴られるような趣味は持ち合わせていないよ。カードを取り戻しに来た、と言えば用件は伝わるかな?」
 訪問者――朱野天羽は緊張感の抜けた声でそう告げた。