にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドA 鉄屑の雨-2

「お姉さん、弱いんだな。一瞬でも期待した俺がバカだった」
「ストレートに言われるとさすがにへこむな。ま、否定はしないがね。正義の味方は難しいもんだ」
「全然へこんでるように見えないんだけど。もしかしてわざと負けたの?」
「まさか。あれが私の実力だよ」
「……ダッセェ」
 先程の騒ぎがあった表通りからは、少し離れた場所にあるマンションの屋上。曇り空の隙間から暖かな陽の光が差し込み、陰鬱とした空気に覆われている旧サテライト地区を照らしている。
 すでに建物のあちこちにヒビが入っているせいで格安の家賃で提供されているこのマンションだが、入居者は少ない。いくら貧しい人々が集まるサテライトといっても、ここよりマシな住居は他にたくさんあるからだ。
「私の名前は朱野天羽だ。よかったら、君の名前も教えてくれないか?」
「……水沼瞬(みずぬましゅん)」
「シュン君か。いい名前だ」
 瞬はこのマンションに1人で暮らしているらしい。瞬が生まれて間もなく、母親は不倫関係にあった別の男とシティへ移住。男手ひとつで瞬を育ててくれた父親も、2年前に他界してしまった。13歳の少年が1人で生きるには、この場所は厳しすぎる。希望すれば孤児院に入ることもできただろうが、ここにいるということはその申し出を断ったのだろう。
 転落防止用の柵に寄り掛かった天羽は、ジャケットのポケットからスティック状の携帯食料を取り出すと、封を解く。クッキーによく似た栄養食にかじりつくと、チョコレートの風味が口の中に広がった。口の中の水分が一気に吸い取られ、水無しではとても飲みこめたものではないが、天羽はこれを無理矢理飲みこむのが好きだった。
「食べるかい?」
 まだ封の解かれていない携帯食料を瞬に差し出すが、
「いらない。お菓子なんて食ってる余裕ない」
「お菓子ではなく立派な栄養食なんだがな……」
 プイとそっぽを向かれてしまった。まああんな無様な姿を見せれば印象が悪くなるのは仕方のないことだろう。むしろ、よく助けてくれたものだ。放置されてもおかしくなかったのに。
(……弱いんだね、か)
 瞬の言うとおりだ。朱野天羽という人間は、決して類稀なる能力を持ったデュエリストではない。
 モンスターや魔法・罠カードの効果を実体化させるサイコパワーを持ってはいるものの、その力は非常に弱い。モンスターを実体化させられる時間は約5秒。魔法・罠カードは発動自体が不安定で、先程の<威嚇する咆哮>のように、効果を現実のものとできないことも多い。
 それを承知の上で、天羽は研里の前に歩み出た。
 天羽は研里の実力を知っていた。勝算など万に一つもない。デュエルに持ち込むことができれば勝ち目は十分あったのだが、すでに我慢の限界に達していたあの状況ではそれも難しかっただろう。サイコパワーを抜きにした純粋な喧嘩でも、天羽は負けていたはずだ。
 それでも、天羽は前に出ることを躊躇わなかった。
 理由は色々ある。
 だが、その理由の前に大前提が存在する。
 背を向けることは――逃げ出すことは、彼女にとって「死」と同義だったからだ。
 呑気に栄養食をかじっている天羽に呆れたのか、大きなため息を吐いた瞬は屋上を後にしようとする。
「……どうするつもりだい? とは聞かない。カードを取り戻しに行くんだろう? 居場所に当てはあるのかい?」
「ないけど、ここでジッとしてるよりマシだ」
 瞬の声には力強さを感じた。その背中からは、13歳の少年とは思えないほどの気迫を感じる。
「随分大切なカードのようだね」
 天羽の問いに、瞬は足を止める。そして、一呼吸置いてから声を発した。
「……あのカードは、俺の大切な友達なんだ」
「友達?」
「誕生日に父さんにもらった――ずっと一緒にいてくれた、大切な友達」
 大切な友達。
 その言葉を聞いて、天羽の脳裏にある光景が浮かび上がる。
 もしかして、瞬は――

「君は……精霊が見えるのかい?」

 この世界には、デュエルモンスターズのカードに宿った精霊を見ることができたり、会話したりすることができる人間がいる。天羽もその1人だ。
 最も、天羽の力はサイコパワー同様微弱で、精霊が見えるといってもその姿はおぼろげだ。カードのイラストがなければどのような姿形をしているのかも分からないし、精霊の声も壊れかけのラジオのように飛び飛びにしか聞こえない。
 こんな中途半端な力なら、いっそのこと無かった方がいい。そう思ったこともある。
(……私のことはいい。しかし、カードを大切な友達と形容したということは、シュン君もカードの精霊を見ることができるのではないか?)
 だとしたら、天羽の「目的」のために大きく役立つことになる。
 しかし、天羽の予想を裏切るように瞬の反応は淡泊で、
「精霊? 何それ?」
 言っている意味が分からないと、その表情が物語っていた。
「いや、何でもない……大切な友達なら、絶対に取り戻さなければな」
 そう言ってかぶりを振った天羽は、鉄柵から体を離す。
「元々私は研里に聞きたいことがあってここに来たんだ。まだ用事は済んでいない。彼の根城はすでに調べてある。早速向かおうと思うが、一緒に来るだろう? 危険だからここで待っているんだ、なんて常套句を言っても、君のような人間は絶対についてくるだろうからね」
「――もちろん! でも、お姉さんはどうするんだ? アイツの隙をつけばカードを取り返すことはできるだろうけど、尋ねたいことがあるってことはアイツと正面から向かい合うんだろ? 大丈夫なのかよ?」
「自信満々に『大丈夫だ』と返すことはできないが、それなりに考えはあるさ。同じ轍は踏まない」
 こんなとき、漫画の主人公なら大胆な勝利宣言をしてみせるのだろう。それをうらやましく思う反面、自分にはそんな役割は向いていないとも思う。
「どんな危険があるか分からない。自分の身は自分で守ってくれ」
 天羽の忠告に、瞬は大きく頷いた。