にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドA 鉄屑の雨-1

 ただ、一緒にいるだけでよかったのに。
 どうしてそれ以上を望んでしまったんだろう。





「返せ! 返せよっ! 俺のカード!」
 少年は必死に喚くが、上から頭を強く押さえつけられているため、思うように身動きが取れない。
 もがく少年の様子を目にして、ガタイのいいモヒカン男は、下衆な笑い声を上げる。男の頬には犯罪者の証であるマーカーが刻まれており、鋭い眼光と相まって誰も近寄ろうとする者はいない。
 男は人を見下すような笑みを浮かべながら、
「カードってのは、デュエルで使ってナンボなんだぜぇ。マトモなデッキも持ってないガキの肥やしになるよりも、俺のようなデュエリストに使われた方が喜ぶだろうぜ、このカードもよ」
 右手で少年の頭を押さえつけ、左手でつまんだデュエルモンスターズのカードをひらひらと振って見せる。
「うるさいっ! いいから返せ!」
「聞きわけのねえガキだなぁ」
 人気の少ない裏路地が似合いそうなやり取りだが、生憎ここは人通りの比較的多い表通り。それでも、少年に救いの手が差し伸べられることはない。
 何故なら――ここは無法者が集う街、サテライトだからだ。
 正確には、「サテライトだった街」、だ。つい先日、シティとサテライトを繋ぐ希望の架け橋「ネオダイダロスブリッジ」が完成し、ゼロリバース以降2つに別れていたネオ童実野シティは1つとなり、壁は取り払われた。
 が、それは表面上だけのこと。
 壁が取り払われて日が浅い今では、まだその土地に集う人間の性質は変わらない。旧サテライト地区の治安は依然として悪く、犯罪者たちの巣窟となっていた。
 少年からカードを奪おうとしているモヒカン男、研里吾郎(けんざとごろう)もまた、この辺りでは悪名轟くデュエリストだった。盛り上がった筋肉が示す通り腕っぷしが強く、加えてデュエルも相当強いため、彼のことを知っているものならまず逆らおうという気が起きないほどだ。
「返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せーっ! それはとっても大切なカードなんだ!」
 それでも、少年は引き下がろうとしない。
「……うざってぇガキだ。痛い目見させたほうが素直になるかな? んん?」
 食らいつく少年が鬱陶しくなったのか、研里が怒りで眉を釣り上げる。
 そして、少年の頭を押さえていた右手を振り上げると、固く拳を握って振り下ろす――
 その瞬間だった。

「待つんだ」

 遠巻きに事態を見ていた群衆の中から、凛とした女性の声が響き渡る。
「……あぁ?」
 予想外の制止に、思わず動きを止めてしまった研里が、ギロリと群衆を睨みつける。それだけで、野次馬の何人かはこの場を離れていった。
 研里の威嚇をものともせず、声を発した女性はしっかりとした足取りで歩み出た。
「まったく、見ていられないな。小さな子供にカードをたかるほど財布が寂しいのかい? 君も大人ならカードくらい自分で買ったほうがいい。自分が大人であるという自覚があるならの話だが」
 灰色のジャケットに紅色のネクタイ。黒のホットパンツを穿いた黒髪の女性は、呆れたようにため息をつくと、両腕を腰に当てる。その左腕には、デュエルディスクが装着されていた。
「何だ、お前」
「見て分からないか? 行き過ぎた君の行動を止めに来たんだよ。そのカードを持ち主に返すんだ。さもなくば、武力を行使させてもらうぞ」
 女性がそう告げると、群衆がどよめく。マーカー付きの犯罪者である研里に喧嘩を売るなんて、正気の沙汰とは思えない。
 喧嘩も強い。デュエルも強い。
 しかし、研里吾郎という人間の実力はそれだけではなかった。
「……ハハハハハッ! 面白え! だったら、その武力とやらを行使してもらおうじゃねぇか!」
 残忍な笑みを浮かべた研里は、左腕のデュエルディスクを展開させると、素早く1枚のカードをセットする。
 ディスクのソリットビジョンシステムが、読み取ったカードデータから立体映像を投影する。現れたのは、未来的なデザインのパワードスーツを纏った戦士、<ギガンテック・ファイター>だ。
「さあ! こいつのパンチを受けてみろよッ!!」
 研里の言葉を合図に、<ギガンテック・ファイター>が強烈な右ストレートを繰り出す。
 白い拳は空気を裂き、唸りを上げる。立体映像にしてはリアリティがありすぎる。
 そう。研里吾郎は、モンスターを実体化させることができるサイコデュエリストだった。
 実体化した<ギガンテック・ファイター>の拳が、黒髪の女性に迫る。
 そんな緊迫した場面にも関わらず――

 女性は、笑っていた。

「危ない!」
 少年の悲鳴じみた叫び声が響く。
 黒髪の女性は瞬く間にディスクを展開させると、セットされていたデッキからカードを選び取り、ディスクに叩きつける。その一連の動作を正確に把握できた人間は少ない。それほどの速度だった。
 だが、実体化した攻撃を立体映像で防ぐことはできない。
 となれば、女性も研里と同じく、サイコデュエリストなのだろう。そうでなければ、わざわざディスクを展開する意味はない。
 少年がごくりと息を呑む。
 ディスクがカードのデータを読み取り、モンスターが実体化する――
 
 ドゴッ! と。

 ダンボールを殴ったような鈍い音と共に、黒髪の女性の体が宙を舞っていた。
 吹っ飛ばされた女性は、綺麗な放物線を描き、近くにあった廃材置き場へとダイブする。
 ドガバキグシャ! と破砕音の重奏が木霊し、砕けた廃材の隙間から女性の脚が力無く飛び出す。辺りが色んな意味で静まり返った。
「……口ほどにもねぇな。興ざめだ」
 ペッと地面に唾を吐き捨てた研里は、吹っ飛ばされた女性の様子など確かめようともせず、ディスクを収納してから立ち去っていった。もちろん、少年から奪ったカードも一緒にだ。
 急展開についていけずポカンと口を開けて呆然としていた少年は、5分ほどしてからようやく正気に戻り、廃材置き場へ突っ込んだ女性の元へと駆け寄った。
「……大丈夫?」
 少年がおそるおそる声をかけると、女性は廃材の破片を吹き飛ばしながら勢いよく体を起こす。
 そして、唇を尖らせ、何かを思案するように首をかしげる
「おかしいな。<威嚇する咆哮>を発動したつもりだったんだが……やはり魔法・罠カードによる現実干渉は安定しないな」
 そう言って、黒髪の女性――朱野天羽(あけのあまは)は、自嘲気味に笑った。