にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 1-2

 人気の少ない廊下を、ミハエルは早足で歩く。

「良かったんですか? マスター」

 突然、何もない空間から声が響く。
 いや。
 一般人なら何もない空間に見えるそこには、ふわりと宙に浮かび、ミハエルに付き添う緑髪の女性がいた。その端正な顔は、少し憂いの色を帯びている。
「良かったんですか、って。どういうことだよカーム」
 ミハエルの返答を受けた<ガスタの静寂 カーム>は、言おうか言うまいか逡巡したあと、意を決したように口を開く。
「さ、さっきのデュエルのことです。もう1枚の伏せカードは<風霊術―雅―>でしたよね。わたしをリリースして<アーカナイト・マジシャン>をデッキに戻せば、まだ勝負は分からなかったんじゃ……」

<風霊術―雅―>
通常罠
自分フィールド上に存在する風属性モンスター1体をリリースし、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択した相手のカードを持ち主のデッキの一番下に戻す。

「ああ、そのことか。いいんだよ別に負けたって。俺はデュエリストじゃないんだから。勝ち負けにはこだわらないの」
「でも……」
「それに、カームを俺自身の手でリリースするとか考えられねえよ。こんなにかわいいのに」
「ま、マスター! もう……」
 そう言って視線を逸らしたカームの頬が朱を帯びているのを、ミハエルは見逃さなかった。

 ミハエル・サザーランドには、デュエルモンスターズのカードに宿る精霊を見る力がある。

 とは言っても、見えるのはこの<ガスタの静寂 カーム>だけなのだが。
「それより急ごうぜ。もうすぐ試合が始まっちまう。苦労して手に入れた『竜帝VS氷帝 世紀のデュエル!』のチケット。無駄にしたくないだろ?」
「……そうですね。行きましょうか」
 普通の人間から見れば、ぶつぶつと独り事を言っている奇妙な男がうれしそうに歩いている、摩訶不思議な光景が映ったことだろう。










「おっ! いらっしゃいミハエル君。竜帝VS氷帝のデュエルはどうだった?」
「やっぱ生で見ると迫力が違うわ! TV中継見てただろ? 緊迫感溢れる一進一退の攻防、逆転に次ぐ逆転の連続、予想もしなかったようなプレイング……すっげえ面白かった! さすがはプロデュエリスト、ってとこだな! チケット譲ってくれてサンキュな、店長」
「あはは。楽しんでもらえたようで何よりだ。ミハエル君はデュエルを見るの好きだねぇ」
 プロデュエリスト同士による世紀の一戦を観戦し終えたミハエルは、行きつけのカードショップへと足を運んでいた。すでに時刻は午後10時を過ぎているが、社会人をメイン客層としているこの店には、仕事帰りと思われるスーツ姿の人影がちらほらと見える。
 観戦前に一度帰宅し着替えたミハエルは、薄手のパーカーに細身のジーンズといった出で立ちだ。肩まで伸びた金色の髪は女性のそれのように煌びやかで、前髪をピンで留めている。
「だからいつも言ってるだろ、店長。デュエルは見て楽しむもの、カードは集めて楽しむものだってな」
「それはよくわかんないねぇ。僕みたいなおっさんでも、デュエルするのは楽しいよ?」
 白髪交じりの頭をポリポリと掻いた小太りの店主は、店の奥に設置されたデュエルスペースを見ながら言った。
 自分の意見を理解されなかったミハエルは、呆れ気味にため息をつくと、
「んで、頼んでたものは見つかったの?」
 声のボリュームを落としつつ、話題を切り換えた。
「ああ、<水霊使いエリア>かい? 色々探してはいるんだけどねぇ。ただのノーマルカードなのに、なかなか見つからないんだ」
「こっちも研修で遠出したついでに何軒かカードショップを回ってみたんだが、収穫ゼロ。絶版になっているとはいえ、ここまで探しても1枚も出てこないってのは異常じゃないか? 他の<霊使い>シリーズはコンプリートしてあるのに」
「そうだねぇ」
 うんうんと頷いた店主は、大きく首をひねる。
 <霊使い>シリーズとは、可憐な美少女が描かれた(例外もあるが)イラストが目を引くカード群の総称である。こういった類のカードに目がないミハエルは、真っ先に<霊使い>シリーズはコレクションし始めていた。
 しかし、最後の1枚である<水霊使いエリア>だけが未だに手に入らないでいる。世界にたった1枚しかない超レアカードというならそれも納得がいくが、<水霊使いエリア>はごく普通のノーマルカードだ。
「…………」
 気配を感じ視線を向けてみれば、ミハエルの傍にいたカームが、ぷうと頬を膨らませていた。人前ではカームとの会話は控えているが、思わずからかいたくなってしまうほど可愛らしく仕草だ。
「しょうがねえ。せっかく来たんだし、何か買っていくか……」
 とはいえ、これ以上カームの機嫌を損ねてはまずい。脳内にあるコレクションリストを思い出しながら、レアカードが並べられたショーケースを眺めていたときだった。
「……外が騒がしいね。こんな時間だっていうのに」
 店主が裏口の方を見つつ、ポツリと呟いた。
 つられて耳を傾けてみると、確かにガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。数人の男たちが集まって、何やら騒いでいるようだ。
 その騒音の中に、デュエルディスクがカードをスキャンする際に発する音が混じっているのに、ミハエルは気付く。
「デュエルしてるみたいだな。俺ちょっと見てくるよ」
「気をつけてね……ってセキュリティ捜査官の君に言うセリフじゃなかったか。ガラの悪い連中なら、適当に散らしておいてよ」
「りょーかいっと。じゃ、ディスク借りてくぜ」
 ひょい、とカウンターに飾られていたデュエルディスクをかすめ取ったミハエルは、店主の返事を待たずに店を後にした。