にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ラスト・ドライブ―9

「…………」
 高良はしばらく黙っていたが、やがて沈黙に耐えきれなくなったように、

「私怨だ。治安維持局は関係ない」

 重い口を開いた。
 切はクッキングヒーターの電源を切る。あとは5分ほど蒸らせば完成だ。
「……私怨の意味がすごい気になるけど、ここは黙っておかゆを差し出すのがベストよね。というわけで深くつっこまないでおこう」
「おい」
「え、声に出てた? あらやだ私ったら」
「……確信犯かよちくしょう」
 ポスポスとソファを叩く音が聞こえた。どうやら悔しかったらしい。
「――昔のことだ。俺の両親はなんかの事件に巻き込まれて殺された」
 過去を語る高良の声は、感情がこもらないよう意識しているように響く。
「ついでに妹は行方不明になった。当時の俺はまだガキんちょだったから、何が起こったか理解するまで相当な時間を費やしたっけな――別に不幸自慢をしたいわけじゃねえぞ」
 幼い高良に降りかかった、家庭崩壊という現実。受け入れるだけでも相当な覚悟を要しただろう。
「……っ」
 切の胸の奥がちくりと痛む。
 今まで、シティの人間はそこにいるだけで幸せな暮らしを送れると思っていた。サテライトという地に縛り付けられた身分を呪ったこともある。
 だが、そうではないのだ。
 高良のように家族を失った悲しみを背負って生きている人間もいる。そんな当たり前のことを改めて目の前にし、切は己の身勝手な考えを恥じた。
「ただ、その時に思ったんだ。俺の家族を滅茶苦茶にした野郎を見つけてぶん殴ってやりたいってな」
 高良は平坦な口調のまま、続ける。
「だって理不尽すぎるだろ。ワケが分からねえまま父親と母親は殺されちまうし、妹は行方知らずだ。真実を知りたいって思うのは当然だろ。妹が生きてるなら、探し出してやりたいんだ」
「……確かにね」
「それが俺の『私怨』だよ。俺自身が事件の真相を知りたいから、こうして追っかけてる」
「そう」
 そろそろ頃合いだ。
 切は鍋の取っ手を掴み、高良が横たわったソファの前に置かれたテーブルに移動する。
「できたわよ。冷めるとおいしくなくなるから、早めに食べちゃって」
「……ま、今回だけはありがたくいただくとするか」
 未だにおかゆを作ってもらったことに引け目を感じているようだったが、出されたものを突き返す気はないようだ。起き上った高良は、鍋のふたを外す。
 ごくごくシンプルなおかゆだ。白米をやわらかく煮て、梅干しが添えてある。
 よほど腹が減っていたのか、高良は「熱い熱い」と愚痴りながらもあっという間に平らげてしまう。
「ご馳走さん。うまかったよ」
「ねえ」
 腹をさすりながら満足そうに息を吐く高良に対し、切はある提案を持ちかける。
「ちょっと、腹ごなしにデュエルでもしない?」












「切、また出かけるの?」
 こそこそとアジトを抜け出そうとしていた切は、背後からかけられた声にびくりと体を震わせた。
 振り返れば、若草色の着物を着た黒髪の少女、姫花がキョトンとした表情で立っている。
「ひ、ヒメちゃん。いつからそこに?」
「切と一緒にお昼ご飯食べようと思って。切、最近はいつも昼前にいなくなって夕方頃帰ってくるから、探してたの」
「そ、そうなんだ……」
「どこに行くの?」
「ええと……それは……」
 切が言い淀むと、姫花は疑惑の視線を遠慮なく向けてくる。
「ご、ごめんねヒメちゃん! 私急いでるから!」
 結局姫花の問いに答えないまま、切は駆け出す。
「あっ……切!」
 姫花の寂しげな声に後ろ髪引かれながらも、そのままの勢いでアジトを後にした。




 調査報告書を受け取ってから一週間が経過していた。
 もうすでに用は済んでいたが、切は毎日高良の部屋に通っていた。
 高良の風邪はまだ完治しておらず、料理もロクにできなかったので、せめて昼と夜くらいはと切が作っていた。栄養があるものを食べるのが、体調を回復させる早道だ――とは言っても、材料不足のため限られたものしか作れなかったが。
 それに、デュエルの戦績は10勝10敗。決着をつけるまでは引き下がれない。
 今日は何を作ろうか、どんな戦術で攻めようかとあれこれ考えながら、上機嫌で歩く。鼻歌でも歌いたい気分だった。
 ――って待て待て! これじゃ私通い妻みたいじゃない!
 通い妻。
 自分で思い浮かべたその単語に、思わず顔が赤くなる。
 ――これは、あくまで光坂のことを調べてくれたお礼であって、アイツに特別な感情を持ってるわけじゃ……
 そうだ。
 受け取ったその日から肌身離さず持っていた調査報告書をポケットから取り出すと、浮ついた気持ちが鎮まっていくのが分かった。
 光坂が何らかの組織と関わっている可能性を知りながらも、切は具体的な行動を起こせないでいた。
 確証がないこともあるが、切が起こした行動が引き金になって、レボリューションが崩壊してしまうような不安に襲われたからだ。
 その不安を払拭した先に、切の求める平穏があるのか。それも分からなかった。
 加えて、今は高良といる時間が心地よく感じていた。それこそ、レボリューションの仲間たちと過ごす時間と同じくらい。
 ――逃げてるのかな、私。
 いつの間にか、高良の部屋がある廃ビルまで辿りついていた。
 自分の気持ちに整理がつかないまま、切はビルの中に足を踏み入れようとする。
 その瞬間だった。
「――ッ!?」
 背後から人の気配を感じたときは、すでに手遅れ。
 あっという間に羽交い絞めにされ、口に布を押し付けられる。状況を把握する間もなく視界がぐらつく。押し当てられた布には、何かの薬品が染み込ませてあった。
 ――し、まった……油断した。
 切の左腕にデュエルディスクは無い。
 意識が途切れる寸前、切の脳裏に浮かんだのは――
 チームのリーダーではなく。
 頼りにしてきた長身の大男ではなく。
 可愛がってきた黒髪の少女ではなく。
 真っすぐな瞳を持った、青年だった。