にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドS 1―1

「はい、それじゃあ邪帝ガイウスでダイレクトアタックね」
「ぐああー! また負けたー!!」
 自分のライフポイントがゼロになると同時に、創志は大げさに両手を振り上げ、後ろにひっくり返る。
 それを見て優しげな笑みを浮かべる、線の細い少年――皆本信二(みなもとしんじ)は、床に敷かれた創志特製デュエルフィールドの上から、カードを集め始める。
「兄さんは伏せカードを警戒しなさすぎだよ。形勢が不利な場面では、じっと待つことも大事だと思うな」
「……それ、先生にも言われた」
 創志はガバッと身を起こし、口をへの字に曲げながら信二にならってカードを片づけ始める。
「だけどよぉ。せっかくガイウスを倒せるカードを召喚できたんだぜ? ここで攻撃しなくていつ攻撃するんだよ? 攻撃は最大の防御だぜ!」
「あはは。兄さんはそればっかり」
「見てろよ! いつかあのジャック・アトラスを倒して、俺がキングになってやる!」
 高々と宣言した創志は、ひび割れた天井に向かってビシッと指を立てる。
「あんまり大それた――ごほっごほっ」
 言い終わらないうちに、信二は苦しそうにせき込む。
「おっと。もうこんな時間だ。俺は仕事に行くから、信二はベットに戻りな」
 信二を不安にさせまいと、創志はなるべく明るい口調で言うと、擦り切れた絨毯の上から立ちあがる。
「……うん、ごめんね」
「どうして謝るんだよ」
「僕の体が弱いせいで、いつも兄さんに迷惑かけてばかり――」
「やべっ、そろそろ行かねぇと遅刻しちまう! 信二、ちゃんと寝てろよ! それがお前の仕事だ!」
 信二の言葉をさえぎるように大声で言いながら、創志は玄関へと向かう。
「……うん、いってらっしゃい」
 ベッドと必要最低限の家具しかない、殺風景な部屋。上半身だけ起こした状態でさみしげに笑う信二の姿を見ながら、創志は我が家を後にした。




 創志がサテライトに来たのは3年前。務めていた会社で重大な不正を働いた父親と、その手助けをした母親が逮捕され、息子の創志と信二はシティにいられなくなり、サテライトに送られた。
 両親は収容所に送られ、創志と信二は2人で生きていくことを余儀なくされた。工場や施設はどこも人手不足で、当時13歳の創志でも仕事には困らなかったが、体の弱い信二にとってサテライトの汚れた空気は負担になり、家から出ることができなくなってしまった。できればちゃんとした病院に入れてやりたいのだが、薬を買うだけの収入を得るのがやっとなのが現状。


 シティから流れてくる廃棄物の処理を終えたころには、大分日が傾いていた。
 創志は朽ちかけのマンションの一室、すなわち我が家に帰る前に、大通りから外れた路地裏に来ていた。
 薄暗いそこはゴミや鉄くずが散乱しているが、わざわざ片づけるような物好きはいないだろう。
「先生―! せんせーい!!」
 半年ほど前にこの場所でとある男性――光坂慎一(こうさかしんいち)と名乗った――を助け、デュエルモンスターズのデッキをもらってから、創志はたびたびここを訪れていた。光坂はいつもこの路地裏で創志を待っていて、デュエルについていろいろ教えてくれる。そのため、いつしか創志は光坂のことを「先生」と呼ぶようになっていた。
 光坂の素性はまったくわからなかったが、創志はあまり気にしていなかった。シティにいたころは友達とデュエルばかりしていた信二と、笑いながら対戦できるようになったのだから。サテライトに来てから沈みがちだった信二の笑顔を取り戻せたことは、創志にとってこれ以上ないほどの喜びだった。
(でも、やっぱ負けるのは悔しいからな)
 シティにいたころは、デュエルモンスターズに全く興味がなかったため、創志はまだまだ素人。信二との対戦で少しでも勝率が上がるよう、光坂に相談しようと思ったのだが――
「いねぇのかな?」
 あちこち探してみても、光坂のひょろりとやせ細った姿は見つからない。
(仕方ない、出直すか)
 今までも何度かこういうことはあった。光坂がどんな生活を送っているのかは分からないが、何か用事があるのだろう。そう思って路地裏を後にしようとしたとき――
 ふと、壁に書かれた落書きが目にとまった。

『腐った世の中に、革新の楔を打ち込め!』

 血と見間違いそうな紅いペンキで書かれた一文は、昨日まではなかったものだ。文字の端々からペンキが垂れ、不気味に見える。
 こういった落書きは、サテライトでは珍しくない。シティやセキュリティに不満を持った犯罪者が、人々を煽ろうとしているのだろう。
「…………ッ」
 ――創志は自分が無意識のうちに後ずさっていることに気づいた。
 似たような落書きはこれまで何度も目にしてきた。
 だが、この一文からは、言いようのない異質さを感じたのだ。それに怯えたのかもしれない。
(……らしくねぇな)
 創志は落書きから視線を剥がすと、我が家に向かって歩き始めた。




 マンションに戻るころには日も沈み、夜の静けさが辺りを支配していた。たまに聞こえてくるのは野良犬の遠吠えだけで、壊れかけの街灯がちかちかと明滅しながら頼りなく路地を照らしている。
(遅くなっちまった。信二のヤツ、心配してるかな)
 あの落書きを見たときの不安がまだへばりついており、自然と歩調が早まる。早く弟の顔を見て安心したかった。
 しかし、創志の視界に見慣れないものが映る。
 マンションの前に停まる、黒い車。ピカピカに磨き上げられたボディには傷一つなく、高級感を存分に漂わせている。サテライトのこんな場所に、高級車が停まっているなどまずありえない。
 創志が遠目からいぶかしげに眺めていると、マンションから3、4人の男たちが出てくる。その男たちに囲まれながら姿を現したのは――

「信二ッ!!」

 創志の頭の中から、一切の雑念が消えた。迷うことなく駆けだす。
 こちらに気づいた信二がわずかに立ち止まる。
(クソッ! あいつら、どういうつもりだ――)
 怒りと疑念がちりちりと脳内を焦がすのを感じながら、創志はさらに加速する。
 信二が男たちと一緒に車に乗り込む。
 後部座席のドアが閉まる寸前、創志はそのドアを強引に掴んだ。
「待て!!」
 吠えながら、座っていた黒服を引きずり出そうとする。
 まずは、信二を車外に――
「おっと、そこまでだぜお兄ちゃん」
 左頬に強烈な痛みが走ったかと思うと、創志の体は冷たい地面の上に吹っ飛ばされていた。
「ぐっ……」
 自分が思いきり殴り飛ばされたことを認識した創志は、ふらつく足を押さえながら立ちあがる。目の前には、乱雑に染めた金髪を針山のように逆立てた、ガラの悪い男が立っていた。
「邪魔しちゃいけねぇよ。こっちにはこっちの都合ってモンがあるんだぜ」
 男ははんと嘲笑い、機嫌よさそうに口元を歪める。
 ――嫌いなヤツだ。一目で分かる。
 車はとうに走り去り、信二の行方の手がかりはこの男だけになってしまった。
「仕事……? どういうことだ……?」
「教えてもらえると思ってんのか? だったら相当な甘ちゃんだな」
「…………ッ!」
 創志は固く右拳を握る。殴るのは嫌いだが、こういう奴には実力行使で吐かせるのが一番手っ取り早い。
「おおっと待て待て。暴力はよくないぜお兄ちゃん?」
 てめえに言われる(呼ばれる)筋合いはない。
 心の中で吐き捨ててから、創志は男を睨みつける。
「ここは平和的に解決しようじゃねぇか」
 男はこちらに向かって何かを投げ捨てる。ガシャンという音を立てて地面に転がったのは――サテライトに来てからは久しぶりに見る代物だった。
デュエルディスク……デュエルで決着をつけようってことか?」
「そうだ。お前が勝ったら弟を返してやるよ。ただし――」
 そこで男は一呼吸置くと、たっぷりとドスを利かせた声で続ける。
「――俺が勝ったら、てめえには死んでもらうぜ」

「いいぜ。さっさと始めよう」

 創志は左腕にデュエルディスクを装着すると、デッキを差し込む。ディスクが展開し、ソリッドビジョンシステムが軽快な音を立てながら作動する。
「ほ、本当にいいのか? 負けたら本気で死んでもらうぜ? 本気だぞ?」
 創志の反応に驚いたのか、男は焦りながらでしつこく確認してくる。
「それが脅しになると思ってんのか? だったら相当な甘ちゃんだな」
 わざと男の口調を真似て煽ってやる。効果は抜群で、男の顔は見る見るうちに赤くなり、「ズアッ!」という奇妙な掛け声とともにデュエルディスクを構えた。
「……泣いて謝っても許さねぇからな」
「そっちこそ、約束は守ってもらうぞ。俺が勝ったら弟のところに案内しろ」
「勝てたらなぁ!!」

「「デュエル!!」」

 戦いの開始を告げる二人の声が、夜の静寂を打ち破った。