にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-8

◆◆◆

 雑居ビルに囲まれた細い路地で、男は殺されていた。
 すでに遺体は司法解剖に回されたが、現場には今もおびただしい数の血痕がある。写真で見た前2件の殺害現場の様子とよく似ていた。
 ただひとつ、雑居ビルの壁面に血で描かれた模様を除いては。
「何なんでしょうね、これ。少なくともダイイングメッセージではなさそうですけど」
 気味悪そうに模様を見上げた鎧葉は、手帳を取り出して何かを書きこんでいる。被害者は胸部を貫かれたショックで死亡しており、とてもこんな大それた模様を自分の血で描く暇はなかっただろう。犯人からのメッセージと受け取るのが妥当だ。
 もっとも、輝王にはこの模様が何を意味しているのか目にした瞬間に分かっていた。
「……殺されたのは畑紀康(はたけのりやす)。28歳で無職の男性。間違いはないな?」
「無職といっても暴力団やデュエルギャングの使いっぱしりみたいなことをしてたみたいですけどね。そっちに聞いても関わりを否定されるのがオチでしょうが」
「体のいい捨て駒……か」
 口にして、ますます胃が重たくなる。知らない人間ではないだけに、余計だ。
 事故に見せかけて殺された――輝王はそう確信している――寺山吾一と同じく、輝王は畑紀康のことも知っていた。
「――本当なのか? 瀧上轟が出所しているというのは」
 その情報を知らされたのは、ほんの10分ほど前。先に現場に来ていた鎧葉からもたらされたものだ。そして、今でもそれを信じることができない。
 瀧上轟。自らの欲望を止めることなく、暴行や強盗、果ては殺人まで犯した極悪人で、サイコデュエリストでもある男。逮捕後、余罪が山のように明らかになり、死刑こそ免れたものの終身刑が言い渡されていたはずだ。出所するには早すぎる。
「間違いないです。公にできない裏取引があったようで、上は極秘にしたがっていたみたいですけどね。監視役につけた捜査官が早速殺害されたようで、情報漏洩を止められなかったみたいです」
 噂では、情報操作に長けた助手がいたらしいが、外部の協力者が手を回したのだろうか。
 元々期待などしていなかったが、獄中生活を経て瀧上が変わったということはなさそうだ。彼の人となりは、輝王の記憶に焼きついたそれと寸分も変わらないだろう。
 輝王が、今回殺された畑紀康のことを知っていたのは、瀧上轟に関連している。
 デュエルアカデミアの学生時代――まだ高良を毛嫌いしていた頃。クラスメイトのデッキが丸ごと盗まれるという事件が起こった。当時の輝王は当然ながら犯人探しに乗り出し、1人の男子生徒が犯行に及んだ決定的な証拠を掴んだ。その男子生徒はどちらかというと目立たない大人しい人物で、輝王は誰かに命令されたのだと推測した。犯人の男子生徒を問いただすと、その推測通り黒幕がいたのだが――それが畑紀康だった。畑は、他にも複数の生徒を恐喝し、カードを巻き上げていたのだ。
 畑を治安維持局に突き出すために犯行現場を押さえようとした輝王は、さらなる黒幕、瀧上轟の存在に辿りつく。瀧上の所業はすでに子供1人の手にはおえないものであり、ここで事件から手を引くか、素直に治安維持局に頼るべきだった。が、自分の力を過信していた輝王は、そのまま単独調査を続け――瀧上によってそれを見抜かれた。
 ――治安維持局の真似事もここまでだな。ガキ。
 死の宣告を述べる瀧上の冷たい目線は、今でも脳裏に刻まれている。
 あの時、輝王は殺されるはずだった。
 高良火乃が、助けに来てくれなければ。
 彼もまた別の生徒から相談を持ちかけられ、瀧上を追っていたのだ。
 サイコデュエリストとしての瀧上の力は圧倒的だったが、高良はそれとは別の――今思えばあれが<術式>だったのだろう――力を駆使し、死闘の末瀧上を倒した。結果、欲望のままに罪を重ねていた男は逮捕され、終身刑を言い渡されることになる。
 その男が、今、何食わぬ顔でこの街を闊歩している。
「……これは、炎だ」
「え?」
 ビルの壁面に血で描かれた紋様を見上げながら、輝王は苦々しげに呟く。
「以前、瀧上轟のアジトに飾られていたものと酷似している。俺の欲望は炎のように燃え上がり、この世に人間という生物が存在する限り決して消えることはない……と言っていた」
「輝王先輩、瀧上と面識があるんですか?」
「ああ。後で詳しく話すが……昔、畑紀康は瀧上の使い走りをしており、結果だけ見れば畑が原因で瀧上は逮捕された。恨みを晴らすために殺されたとしても不思議ではない」
 そして、畑を殺したくらいで瀧上の復讐が終わるわけがない。そう続けようと思ったのだが、
「……じゃ、畑は殺されて当然のクズ野郎だった、ってことですね。ヘマばかりするせいで、暴力団やデュエルギャングからも相当恨みを買ってたみたいですし」
 ひどく冷めた目をしてコンクリートに広がった血痕を眺めている鎧葉を見て、言葉が止まった。
「……鎧葉?」
 表通りを大型トラックが通過したせいで、よく聞き取れなかった。確認の意味も兼ねて後輩の名前を呼ぶが、
「すいません、失言でした。忘れてください」
 先回りするように頭を下げた鎧葉は、ちらりと上目で輝王の様子を窺いながら「それよりも」と切り出した。
「輝王先輩、知らない女の匂いがしますよ。誰と会って来たんですか?」
「…………」
 事件とは全く関係のない話を持ち出され、緊張感が削がれる。いつもなら公私をわきまえろと厳重注意するところだが、瀧上の名前が出たせいで必要以上に緊張していたため、呆れが勝ってしまった。
「……たまたま知人に会っただけだ」
 ため息のあと、輝王は軽い怖気を感じる。イルミナは香りの強い香水をつけていたわけでもないし、他人の匂いが移るほど長時間一緒にいたわけではない。それなのに、この後輩は警察犬並みの嗅覚で「女性と会っていた」ということを当てたわけだ。
 今回に限った話ではないが、鎧葉からは尊敬や信頼以上のものを感じることがある。鎧葉は同性愛者ではないし、たまに昔交際していた女性の話をするときもある。考えすぎだとは思うのだが……
「知人っていつ頃の知り合いなんですか? 瀧上のこともそうですが、僕としてはそっちも気になります」
「事件の容疑者と俺の知人を同列に語るな。いいから捜査本部に戻るぞ」
 その後、治安維持局に到着するまで鎧葉の質問攻めを上手く回避しなければならなかった。

◆◆◆

 ――俺ほど人生を謳歌している人間はいないと思うぜ?
 瀧上と対峙した際、彼が自信たっぷりに吐いた言葉だ。
 その言葉は偽りではなかったのだろう。ただ、瀧上轟という人間が抱く欲望は、本来ならば抑えなければならないドス黒いものであり、彼が欲望を発散させることと、何の罪もない一般人が悲しみや恐怖を背負うことになるのは同義だった。
 檻から解き放たれた悪人が、最初に望んだのは「復讐」だった。
 自分を檻の中へ閉じ込め、自由を奪った者たちへの。
(……畑を殺した瀧上が、どう動くか)
 輝王は瀧上轟の行動を分析しながら、あえて人通りの少ない道を選んで歩く。
 深夜。すでに空は闇に覆われており、分厚い雲に覆われているため星の明かりも届かない。それでも街はまばゆい人工光によって照らされているが、輝王はそれから遠ざかるような進路を取る。
 治安維持局に戻った輝王と鎧葉は捜査本部で行われた会議に出席したが、目ぼしい情報は得られなかった。どうやら上層部は裏取引(があったと思われる)で釈放した瀧上の存在をなるべく隠したいらしく、数ある容疑者の中の1人として名前が挙がっているだけだった。依然として犯人である可能性が濃厚な人物は無し。畑が殺された現場の詳細なデータ収集が完了するまでは、引き続き聞き込み捜査を続けてほしい、という結論と共に会議は終了した。会議に参加した捜査員の数が目に見えて少なかったことから、上層部から直接指示を受けて動いている別動隊がいるのだろう。
 輝王は、畑を殺したのは瀧上だと確信している。他2件の殺人を行ったのかどうかは分からないが……それは瀧上を捕えてから聞きだせばいいことだ。
 瀧上は自らの欲望をこらえるようなことはしない。復讐したい者がいるのであれば、即座に行動を起こすはずだ。
 ただ、恨みを晴らすためにどんな手段を取るかは読みづらいところだ。畑のように本人に直接手を下すのが一番手っ取り早いと言えるが、わざと本人ではなく近しい人間を狙い、間接的に苦痛を与える方法もある。瀧上がどの方法を選ぶかは、復讐する相手によって違うと推測できる。
 ――だが、獲物が呑気に出歩いていたら?
 六課に戻った輝王は、鎧葉に瀧上と出会った経緯を簡略的に説明し、瀧上が狙いそうな人物をピックアップした。無論、その中には輝王も含まれていたが、言及は避けた。自分の身くらい自分で守れなくては、治安維持局の捜査官は務まらない。鎧葉もそれを分かっていたからこそ、深く追求してこなかったのだろう。
 大方リストアップを済ませたあと、翌日から名前が挙がった人物たちの安否確認を行うことにして、治安維持局を後にし鎧葉とは別れた。その後、こうして輝王は自身を囮にした単独捜査を行っているわけだ。
 瀧上はサイコデュエリストだ。ロクな戦闘経験のない鎧葉を巻き込むわけにはいかない。それに、瀧上の目が輝王に向けば、周囲の人間が危険に晒される確率が下がる。自分の身の安全は度外視した考えだったが、輝王に躊躇いはなかった。
 誘いに乗ってくるか、否か。
 輝王は人の気配がしない地下通路へと歩を進める。以前は地上に鉄道が敷かれていたため、通り抜けのために作られた地下道だったが、鉄道が廃線になり普通に通ることができるようになったため、地下道を利用する者は少ない。ゆえに、瀧上をおびき出すには格好の場所と言えた。それは瀧上にとっても同じことだろうが。
「…………」
 ふと、ポニーテールの着物少女――友永切の顔が浮かんだ。輝王と親しい人物というとそれほど多くはないが……彼女たちが狙われる可能性も十分にあるのだ。
 携帯端末を取り出す。近しい人間にはそれらしい理由をつけて一通り連絡をしてみたが、何人かとは繋がらなかった。切もその内の1人だ。連絡をしたのは日付が変わる直前だったので、すでに寝ている等の理由で着信に気付かなかった可能性は大いにある。
 不安を外に追い出すように端末を胸ポケットに戻した輝王は、蛍光灯で照らされた地下道の壁にもたれかかっている若者に気付いた。
 まだ成人していないだろう。雪のように白く染まった髪が、奇妙な存在感を放っている。
 白髪の少年は輝王の存在に気付くと、ニヤリと笑って壁から背を離した。
「どーも。アンタが輝王正義サン?」
 少年は両手をポケットに突っ込み、首を傾けながらこちらに近づいてきた。輝王は即座に動けるよう四肢に力を込めつつ、頷いた。
「ふーん。へー、ほー……」
 白髪の少年は輝王の体を頭から足先までじろじろ眺めまわしたあと、肩をすくめながら苦笑いを浮かべた。
「はー、こりゃダメっすわ。今のままじゃ、瀧上サンの足元にも及ばねえよ」
「――――ッ!?」
 瀧上の名前を聞き、輝王は体がこわばるのを抑えられなかった。望んでいた展開ではあるが、まさかこうも簡単に瀧上の関係者が現れるとは……
「殺されないうちにとっとと逃げたほうが賢明だぜ。デュエルで決着、なんてロマンチストみたいなこと言わないだろうしな。瀧上サンは」
「……そういうわけにもいかないんでな。瀧上、という名前を聞いたのなら、なおさらだ」
「さすがはセキュリティ。あんな悪党見逃せません、ってか? 大した正義感っすね。なら――」
 瞬間、ポケットに突っ込まれていた少年の右腕が動き、輝王に向かって何かを投げる。

「分からせてやるよ。アンタの実力」