にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-2

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「他人に尊敬されるような人間になりなさい」
 輝王が6歳のときに他界した、母親の遺言だ。
 体は弱かったが芯は強く、礼を重んじ規律を重んじた母親の生き方は、輝王にとって憧れだった。亡き母のように、自分も正しい人間になるんだと息巻いていた頃もあった。
 父親は仕事で家を空けることが多く、幼いころの輝王は「自分がしっかりしなくては」という責任感が芽生えた。その責任感は家庭内に留まらず、日々の生活まで及び、母親の遺言と合わせて彼の進路を治安維持局に向かわせることになる。
 輝王の父親は優しい人だったが、寡黙で、息子の身を案じつつもあまり口出しはしなかった。
 そのせいとは言わないが、デュエルアカデミア時代の輝王は自ら掲げた理想像にこだわりすぎるあまり、規則を破るものを許せない堅物になっていた。「規律破りは性根が曲がった人間がすることだ」と言い切ったこともある。
 加えて、些細な悪事も見逃せず、目にした事件には当然のように首を突っ込んでいた。それを解決し、人から尊敬されることが母親の教えを守っていることの証だと思っていた。
 そんな生き方を、初めて後悔した日。
「治安維持局の真似事もここまでだな、ガキ」
 それは、輝王が初めて死の恐怖に直面した日だった。
「代金が自分の命とは、随分お高い遊びじゃねえか。この世には、踏み越えちゃいけねえ一線ってものがあるんだよ。お前はそれを越えた。その結果がこれだ。その乳臭い頭によーく叩きこんでおきな。ま、教訓を生かすときは来ないんだけどな」
 地面に這いつくばる輝王に、軽い声で容赦なく降り注ぐ死の宣告。
 死にたくない、助けてくれ……そんな命乞いもできないほど、恐怖で固まっていたとき。
 彼は、やってきた。

「あんまこの力は使いたくねーんだけどな……アカデミアの連中には内緒だぜ?」

 その日、輝王はそれまでの生き方を後悔し。
 死の恐怖に直面し。
 忌み嫌っていた少年、高良火乃に命を救われた。

◆◆◆
 
 近頃、昔の夢を見ることが多い。
 治安維持局本部。その端に位置する小型エレベーターに乗り込んだ輝王は、ふとそう思った。目的の階数ボタンを押し、何気なく視線を上に向ける。
 個人的な目的の調査中に命を落とした親友、高良火乃。死んだ人間に二度と会えないのはごく当たり前のことだが、奇妙なことに輝王は彼の死後、本人と二度も会話している。どちらも「それが高良火乃本人である」と断定する証拠はないのだが、実際に言葉を交わした輝王はそれがかつての親友であることを確信していた。
(……死んでから2回も現れるとは、しぶといやつだ)
 火乃らしいな、と思った瞬間、無意識のうちに笑っていることに気付く。
 目的の階に到着したエレベーターが、到着を知らせる電子音を鳴らして扉を開いた。頭を振って思考を切り替えた輝王は、表情を引き締め直しエレベーターから降りる。

「おはようございます輝王さん。今朝は2分37秒の遅刻ですね」

 それを待ちかまえていたように丁寧に頭を下げたスーツ姿の男が、ニュースのアナウンサーのようにハキハキとした口調で言った。
「…………おはよう、鎧葉」
 ため息をついた輝王は、どう答えようか迷った末に無難な挨拶だけ返し、男――鎧葉の脇を通り過ぎる。真新しいグレーのスーツに身を包んだ鎧葉は、懐からスケジュール帳とペンを取り出すと、さらさらと何かを書き込んでから、輝王の隣に並ぶ。160cmと男性としてはやや低い身長が、長身の輝王と並んで歩くことで余計に際立っている。顔立ちも幼いが、立ち振る舞いが整然としているため未熟な印象は受けない。
 薄汚い廊下を2人で歩きながら、会話が続く。
「今月はこれで3回目の遅刻ですね。何かあったんですか?」
「……何もない」
「そんなことないはずです。1ヵ月足らずで遅刻3回なんて、アカデミア時代の輝王さんからすれば考えられないほどですよ。明日天地が引っくり返ってもおかしくありません。何かあったんでしょう? 隠さず話してください。力になりますから」
「……答えは同じだ。それに、前にも言っただろう。昔の俺と今の俺は違うと」
「確かに違います。今の輝王さんは、以前のような完璧な人間ではなくなってしまった。けれど、取り返しのつかないほど堕落してしまったわけじゃない。まだやり直せる範囲内なんです」
「何をやり直すのかは知らんが、昔の俺はお前の言うような人間ではない。理想だけを追い求め、それを他人に押し付けて満足しているような自分勝手な子供……それが昔の俺だ」
 鎧葉涼樹(よろいばりょうき)は、今年治安維持局に入ったばかりの新人だ。デュエルアカデミア出身で、2カ月前に輝王と同じ部署に配属された。以来、本人の「強い希望」によって輝王と行動を共にしている。
「そんな風に言わないでください。僕は、アカデミア時代の輝王さんに憧れて治安維持局に来たんですから」
 ムッとした様子を隠すことなくそう言われると、こちらも黙らざるを得ない。輝王は小さくため息をつき、わずかに歩調を早めた。
 鎧葉のことは、昔――アカデミア時代のころから知っていた。輝王と高良が親友と呼べる間柄になる前、よく自分に付きまとっていた後輩だ。堅物委員長時代の輝王は敵も多かったが、逆に味方も多く、言い方は悪いが多くの取り巻きがいた。鎧葉もその内の1人だったと記憶している。輝王が高良とつるむようになってからは、いつの間にか関係が切れてしまったのだが、まさか今になってその縁が復活するとは思ってもいなかった。
 しかも、向こうは昔の輝王に随分と思い入れがあるようで、何かにつけては「僕の知ってる輝王さんはこんなことしません」とケチをつけてくるので正直うんざりしている。
「何なら、毎朝僕が起こしに行きましょうか?」
「断る」
 まだ遅刻のことを引っ張っていたのか、と毒づきそうになるのをこらえつつ、輝王は「特別捜査六課」とプレートがかかった扉の前で足を止める。そして、そのまま扉を開いた。
 壁に染みついたヤニの臭いが鼻につき、一瞬にして空気が汚れたような錯覚を覚える。蛍光灯が点いているはずなのに薄暗い一室は、コンビニ弁当の容器やペットボトル、新聞やゴシップ誌、ついでに買ったと思われる漫画、果ては捜査資料と思われる書類まで、雑多なものがそこかしらに散らばり、とても罪人を捜査・捕縛する組織の部屋とは思えなかった。規則正しく並んだデスクも、その上は私物で散らかり放題だ。
 その中で、綺麗に整頓された一角に、輝王と鎧葉のデスクがある。
「おはようございます」
 最低限の声量で挨拶すると、部屋の奥に置かれたデスクの陰から起き上がる人物がいた。
「お……おおう。輝王と鎧葉か。今日も早いねぇ」
「……特別早く出勤したわけではありませんが」
「でも、他の連中は誰も来てないだろ? お前らだけだよ、毎日出勤時刻守ってんの」
 眠たそうな目をこすりながら答えた無精ヒゲの男――特別捜査六課の課長である東吾(とうご)の言う通り、室内には東吾以外の職員の姿は見えない。
「東吾課長は残業ですか?」
「おうさ。被疑者宅から押収した資料を見物してたら、いつの間にか寝ちまってな。気付いたら朝になってた。いやあ、徹夜で資料見分とは俺もまだまだ捨てたもんじゃないねぇ」
 そう言ってわざとらしく笑う東吾に、鎧葉は素直に「お疲れ様です」と頭を下げていたが、輝王は無言のまま自分の席に座る。別に東吾が嫌いなわけではなく、彼のデスクに積まれたDVDの山――被疑者宅から押収した「資料」の中身がアダルトビデオであることを知っているからだ。
 特別捜査六課。
 名前だけ見れば敏腕揃いの精鋭部隊のようだが、部屋の惨状を見れば実際は違うことが分かるだろう。
 能力は高いが性格に難があったり、過去に何らかの問題を起こしていたり……いわば治安維持局内の問題児が集められた部署、それが特別捜査六課だ。本当の意味での精鋭部隊である特別捜査部、通称特捜と区別するために、内部では六課と呼ぶのが常識となっている。
 課長である東吾は、賄賂を受け取る代わりに違法風俗店の営業を黙認していたことがあり、他の職員たちもとても街の治安を守る組織に属しているとは思えないような人間ばかりだ。
 高良殺害の犯人を追う際、目に余るほどの独断専行を行った輝王も、本局に復帰後はすぐに六課に配属された。もっとも、輝王の能力は高く、復帰後は特に目立った問題も起こしていないため、以前の部署――ストラ・ロウマンも所属している――に異動させる話も出ているらしいが。
 唯一、鎧葉だけは自ら六課に配属されることを志願したらしい。その話を初めて聞いたときは首をかしげたものだが、配属直後にその理由を理解することになったのは言うまでもない。