にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 氷点下の結び目-10

(……またびびあんのこと怒らせちゃったのかな)
 ティトが教室に戻ると、そこはもぬけの空だった。
 みんなでかくれんぼでもしてるのかな、などと呑気なことを考えていたティトだが、昼休み明けの授業は移動教室だったことを思い出す。授業開始まで残りわずか。急いでも間にあうかどうか微妙なところである。
 ティトは自分の机に向かい、教科書等の授業に必要な物をまとめる。
(あと、メガネ……)
 そういえば、昼飯を食べたあと机の上に眼鏡を置きっぱなしだった。
 自分の不用心さを後悔しつつも、ティトは創志からプレゼントされた眼鏡を手に取る。
 そして、違和感を覚えた。
「あ……」
 レンズが割れていた。
 形は保っているものの、真ん中あたりに大きなヒビが入ってしまっている。これでは使い物にならないだろう。
「やっぱりここにいた。おーいティトちゃーん! 早くしないと授業始まっちゃうよ……ってどうしたの?」
 ティトが眼鏡を手にしたまましょんぼりしていると、クラスメイトの女子生徒が近づいてくる。どうやらティトを迎えに来てくれたようだ。
「あっ! 眼鏡割れてるじゃん! どうしたの?」
「わかんない」
 ティトが首を横に振ると、女子生徒はむむむと腕を組んで唸り始め、
「……もしかして、ビビアンがやったのかな」
 疑念のこもった視線を虚空に向けつつ、そんなことを呟いた。
「だって、ティトちゃんビビアンに勝ったんでしょ? もうネットの掲示板には動画まで上がってたよ。誰が撮ったか知らないけど。負けた腹いせにティトちゃんの眼鏡壊したんじゃない? 絶対そうだよ」
 証拠もないのに、クラスメイトの口調はビビアンの犯行だと決めつけているようだった。
 それを聞いて、ティトはもう一度首を横に振る。
「びびあんは、そんなことしないよ」
「ええ? そうかなぁ」
「そうだよ。だって――」
 ティトは割れた眼鏡を優しく握りしめながら、静かに目を閉じる。
 まぶたの裏には、つい先ほどまで行われていたビビアンとのデュエルの光景が焼き付いている。

「あんなにすごいデュエルをする人が、そんなことするはずない」


◆◆◆

 今まさに教室に入ろうとしていたビビアン・サーフは、急いで扉の影に隠れた。
「……うう、うううううう」
 奇妙な唸り声を上げながら、頭を抱える。
(勇気を出して正直に謝るつもりでしたのに、あんなこと言われたら余計に出て行き辛いではありませんの……!)
 実のところ、女子生徒の推測は正しかった。ティトの眼鏡を壊したのは、紛れもなくビビアン・サーフその人である。
 だが、それは故意の犯行ではない。
 ティトとのデュエルの後、熱に浮かされたようなボーっとした頭のまま教室に戻ってきたビビアンは、おぼつかない足取りで自分の席に向かった。その途中で、ふとティトの席に近寄ったのだ。特に理由はない。ただ、何となくティトの空気を感じたかっただけなのだ。
 そして、ふらふらした足取りのせいで、ティトの席に盛大に足をぶつけてしまった。
 結果、机の上に置かれていた眼鏡が落下し――レンズが割れた。
 本当はティトが来るのを待って謝ろうと思っていたのに、彼女の顔を思い浮かべると何故だか無性に気恥ずかしくなり、逃げ出してしまった。その後、やっぱり謝ろうと戻ってきたのだが、結局踏みとどまってしまった。
(ど、どうしましょう。謝って弁償しなくてはいけないのに……恥ずかしくて心臓が爆発しそうですわ)
 何故、自分はこんなに恥ずかしがっているのか。
 それすらも分からないまま、ティトが近づいてくる気配を察したビビアンは、一目散に逃げ出した。

◆◆◆

「アカデミアじゃうまくやれてねえのかな、ティト」
 相変わらず閑古鳥が鳴いている喫茶店内で、創志は誰に向けたわけでもなく呟いた。
「……昨日の友達発言か? 確かに、あいつはちょっと……いや結構変わってるからな」
 それに答えたのは、唯一の客である神楽屋だ。こちらもいつもの通り、おかわり自由のコーヒーを啜っている。
「リソナだって相当な変わり者じゃないの? けど、あの子は友達と遊んだりしてるみたいだし」
 続いて口を開いたのは、マスターである藤原萌子。カウンターに頬杖をつき、退屈そうに店内を眺めながら会話に参加してくる。
「もしかして、いじめられるとか……」
「いや、それはねえだろ。あいつならいじめを受けてることすら分からずに、『今日上履きに画びょうが入ってた』って創志に報告しそうだ。無表情で」
「ティトは俺に嘘吐かないからな」
「ハッ。それはノロケと取っていいのか下っ端。俺のクリムゾン・トライデントが火を噴くぞ」
「どの口が言いやがる。一昨日は矢心先生とデートだったんだろうが。妙に帰りが遅かったけど――」
「その先は言うんじゃねえよ創志!!」
「……あー、騒ぐなら外でやってくれよ。ますます客が入り辛くなる」
 萌子が気だるそうに注意するのと同時、喫茶店の出入り口である扉が開いた。
「い、いらっしゃいませ!」
 今まさに神楽屋と取っ組み合いを始めようとしていた創志は、急いで姿勢を整えながら、入ってきた客に視線を向ける。
 その客は、デュエルアカデミアの制服に身を包んだ女子だった。
 ウェーブのかかったブロンドの長髪をなびかせ、アイスブルーの瞳がきょろきょろと店内を見回す。少女は、リボンが巻かれた眼鏡ケースを大事そうに抱えていた。
「あ、あの。ティト・ハウンツさんはこちらにいらっしゃいますの? 渡したいものがあって来たのですけれど……」
 ブロンド髪の少女が、おずおずと声を発する。
 それを聞いた創志は、神楽屋と顔を見合わせ、ニンマリと笑う。

「何だ。ティトの友達か!」