にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 氷点下の結び目-3

「…………」
 言葉を失う。
 ティトは、<氷結界>と呼ばれるモンスター群を主体としたデッキを使っているが、そこに特別な理由はない。
 いや、あったかもしれないが覚えていない、が正しい。
 レビンから<氷結界>デッキを渡された時、「これはかつてのお前が残したものだ」と言われた。記憶を失っていなければ、ビビアンの問いに答えられたはずなのだが、今のティトにそれは叶わない。
 もちろん、今まで一緒に戦ってきたデッキだ。愛着はある。
 けれど、それは求められている答えとは違う気がした。
 ティトが黙っていると、ビビアンは呆れたようにため息を吐き、
「……貴女は知らないでしょうけど、私も<氷デッキ>を使っていますの。成績優秀で、<氷デッキ>を使うデュエリスト。私とモロ被りですわ」
「…………」
「デッキを変えなさい、ティト・ハウンツ。希代の天才である私と、少しばかり頭がいい程度の貴女が同レベルで見られることなど、あってはならないんですの」
 辛辣な物言いだったが、ティトはさして堪えていなかった。
 それよりも、もっと気になることがあったからだ。
「あなたは……」
「何ですの?」
「あなたは、どうして<氷デッキ>を使ってるの?」
 ティトが問いを投げ返すと、ビビアンは待っていましたと言わんばかりの笑みを広げる。ティトは気付いていなかったが、クラスメイトの3人が「その質問はやばい!」と逃げ出そうとしていた。
「質問されたのなら語るしかありませんわね! 私が<氷デッキ>を使う理由を! せっかくですから貴女たちも耳を傾けていくといいですわ」
 そう言って、ビビアンは逃げようとしていた3人の首根っこを掴み、引き寄せる。
「結論から申し上げましょう。私は、あるデュエリストに憧れているのですわ」
 両腕で自らの体を抱いたビビアンは、うっとりとした表情で話を続ける。
「その方は、ルーキーでありながらすでにプロデュエリストとして数々の実績を残しておりますわ。刹那を彩る氷結の撃は、最早芸術の域に達しています。己が障害を完膚なきまでに砕き、雪の華を散らせる貴公子……そう、人々は彼を『氷帝』を呼びます。私は、彼に心の芯から憧れていますの。例えば――」
 彼の<アイス・ブリザード・マスター>は――
 彼は<融合>も駆使する多彩な戦術を――
 彼のデッキは常に進化を遂げており――
 そこから延々と「氷帝」に関する話が続いた。まだ次の授業の開始を告げるチャイムは鳴っていないので、時間的には10分も経っていないはずだが、感覚的には1時間以上もビビアンのご高説を聞かされていた感じがする。その証拠に、クラスメイトの3人はげっそりとした顔でうつむいていた。ちなみに、彼女たちがビビアンの「氷帝様カッコいい」話を聞かされるのは、これで5度目だった。
「――と、私の敬愛する氷帝様は素晴らしいデュエリストなんですの。お分かり?」
 一通り語って満足そうな表情を浮かべるビビアンが、両腕を組んでふんぞり返るが、
「わかんない」
 ティトの一言でズコーッ! と効果音が聞こえてきそうな感じでよろけた。
「貴女、耳の穴が塞がっていまして!? もしくは目を開けたまま眠っていたのかしら!? 私の話を聞いていれば、氷帝様の偉大さが骨の髄まで沁みわたるはずですのに! いいですわ、分からなかったというのならもう一度最初から説明してあげますわ!」
 コホンと咳払いをしたビビアンは、人差し指をピッと立てて、物覚えの悪い生徒に付き合う教師のような口調で話を続けようとする。
「ひょうていさんのことはよくわからなかったけど――」
 それを遮って、ティトは声を出した。

「びびあんがひょうていさんのこと大好きだって気持ちは、とっても伝わってきたよ」

「なっ――! なっ、なっ、なななななっ――!!」
 余程意表を突かれたのか、熟れたリンゴのように顔を真っ赤にしたビビアンは、わたわたとうろたえる。これが漫画だったら、間違いなく頭から煙を噴いているだろう。
 慌てふためくビビアンを見て、ティトは何か変なことを言ってしまったのだろうかと不安になる。謝るべきかどうか迷っていた矢先、
「――決闘ですわ!!」
 顔の紅潮が引かないまま、ビビアンはビシリとティトを指差した。
「貴女にデュエルを申し込みます。ティト・ハウンツ! 貴女と私、どちらが氷の使い手としてふさわしいか、決着をつけることにいたしましょう!」
「別にいいけど……どうしてデュエルすることになるの? びびあんは、わたしにデッキ変えろって言ってたのに」
「う、うるさいですわよ! デュエルは今日の昼休み、第二デュエル場で行いますわ! 使用許可は私のほうで取っておきます。いいですわね!?」
 ものすごい剣幕で迫るビビアンに気圧されたティトは、黙って首を縦に振る。
 それを見たビビアンは、「逃げるんじゃありませんわよ!」と捨て台詞を残し、教室から出て行った。よく分からないが、怒らせてしまったらしい。
(やっぱり、わたしって変な子なのかな)
 こんな自分では、リソナのように友達を作り、一緒に遊びに行くことなど、無理なのではないだろうか。
 ティトがしゅんとうなだれていると、クラスメイトの1人が「気にすることないよ」と声をかけてくる。
「ビビアンっていつも自分勝手だから。ティトちゃんに嫉妬してるんだよ。成績ももうすぐ追いつかれそうだし、自分の立場が揺らいでるのが怖いんじゃないかな」
「そうそう。ティトちゃんが来る前は、ビビアンってぶっちぎりでトップだったもんね」
「デュエルが強いのは認めるけど、何かと言うとそれを自慢してくるから、正直クラスで浮いてるよねー。別に氷帝のことが嫌いなわけじゃないけど、毎回同じ話されてウンザリだし」
 いつの間にか、ビビアンの悪口会が始まっていた。
 それに加わることなく、ティトはビビアンが出て行った扉の方を見つめる。
(……もうすぐ次の授業が始まるのに、どこ行ったんだろう?)
 数分後、授業の開始を告げるチャイムが鳴り響くと、相変わらず真っ赤な顔のままでこそこそと自分の席に戻るビビアンの姿が見えた。