にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 3-6

(……なんだかよく分からないが、アレクが勝手に消えてくれたのはラッキーだな)
 天羽の肢体を舐めまわすように眺めた毒島は、内心ほくそ笑む。
 自分が気に入った女性ならサイコデュエリストでなくても襲っていた毒島だが、それをリーダーである伊織に見抜かれ、監視役のアレクと共に行動することを命令されてしまった。そのせいで、今までのように自由に動けない日が続いていた。まあ糞真面目なセシルを監視に付けられるよりはマシだったが。
 仕方なく「サイコデュエリストを探す」という理由でラリラリストリートを徘徊し、噴水広場のギター少女に目を付けていたのだが……
(それ以上の上玉が舞い込んでくるとはな)
 天羽と呼ばれていた女は、毒島の理想のタイプに近かった。和服が似合いそうな黒髪美人で、無駄のない体つき。気の強そうなところもたまらない。……胸はもう少しあったほうがいいかもしれないが。
 セキュリティの人間を襲うということは、「清浄の地」の情報が漏えいする可能性が高い。連中も馬鹿ではないのだ。仲間が襲われたとあれば、さすがに尻尾を掴んでくるに違いない。
 そのリスクを冒してでも、毒島は天羽たちを誘い込んだ。
 本能には――欲望には逆らえない。
 この女を、ドロドロに腐らせてやりたい。
 毒島は、それだけしか考えていなかった。
「…………」
 一緒にいた男がアレクに吹っ飛ばされたあと、天羽は一瞬だけ後を追おうとしたが、こちらに残った。無表情のまま、毒島を睨みつけてくる。
(いい表情だ。その気丈な顔が、苦痛に歪む様をじっくりと拝ませてもらうか)
 毒島の術式<アンデット・ワールド>が作り出した毒の沼は、徐々にその浸食範囲を広げていく。
 出力を上げればこの倉庫全体を侵食することもできるのだが、それではつまらない。徐々に追い詰められ、逃げ場を失った人間が見せる絶望の顔は格別だ。すぐに溶かしてしまっては勿体ない。最も、天羽が倉庫の外に出ようとするような素振りを見せたときは容赦しないつもりだった。
「さあ、どうするんだいセキュリティの美女さん? 俺を捕まえたいなら、まずこの<アンデット・ワールド>を何とかしなくちゃいけないなぁ? それともその魅力的な尻を振って逃げ出すかい?」
 ニヤニヤと笑いながら、毒島は天羽を挑発する。
 そのあいだにも沼の浸食は広がり、ついには天羽の足元にまで達していた。
「そうだな……それでは、貴様を捕まえるとしよう」
「へえ? サイコパワーで何とかしてみせる、ってことか?」
「まあそういうことだ」
 言いながら、天羽は左腕のデュエルディスクを展開させる。
 どんなモンスターでどんな効果を使ってくるか――余裕の笑みを顔面に貼りつけたまま、毒島は警戒を強める。
 <アンデット・ワールド>自体を消し去るような特殊な攻撃はしてこないだろう。と言うよりも、術式に対抗できるのは術式だけだ。天羽がそれを使えるなら、最初から使っているだろう。
 そうなれば、状況の打開策はひとつ。毒島自身にダメージを与えることだ。
(……ま、無理だけどな)
 毒島の足元から広がる毒の沼地。これはただ地面に広がるだけではなく、毒島の意思で自在に操ることができる。操れるのは自分の足元から半径2メートルにある液体だけだが、それでもバリアのように壁を作り出すことも可能だ。どんな攻撃が来ても、毒の障壁で腐らせてしまえば問題ない。
 毒島が天羽の出方について推察を巡らせていると――

 彼女は、躊躇なく毒の沼に足を踏み出した。

「ハァ!?」
 予想外の行動に、毒島の思考回路がフリーズする。
 カードの効果によって<アンデット・ワールド>の腐敗能力を中和しているのかと思ったが、違う。天羽が履いていた靴はドロドロに溶け始めている。
「あんた、正気か? そのままこっちに向かってくれば、両脚が腐って使いものにならなくなるぞ!」
 それが毒島の望みであったはずなのに、彼は困惑していた。
 自分から毒の沼に足を突っ込むなんて、狂っているとしか言いようがない。
 毒島と天羽のあいだは、約20メートル。仮に走ったとしても、両脚を腐らせるには十分すぎる距離だ。
(<アンデット・ワールド>の力を甘く見てるのか? 舐めやがって――)
 毒島の言っていることがはったりだと思ったのかもしれない。
 そう思い、<アンデット・ワールド>の出力を上げようとする。
 だが。
「――死ななければ問題ないさ。この脚が腐ってでも、守らなければいけないものがあるからね」
 すでに靴は溶け、靴下も溶け、素足で毒の沼を歩いているにも関わらず、平然と言い放つ天羽。
「私には、どんな犠牲を払ってでも成し遂げなければならないことがある。そのためなら、自分がどんなに傷つこうとも構わないし、誰かを傷つけることも厭わない」
 その姿に、毒島は初めて「狂気」を感じた。
「……今、貴様に背を向けて逃げ出せば、私の中の『覚悟』が腐ってしまうのさ。そうなれば、二度と私は立ち上がれなくなるだろう」
 ありったけの熱を込めてもおかしくないようなセリフなのに、天羽は機械のように淡々と言葉を吐きだす。
「『覚悟』だ。どんなことがあっても、前に進むという『覚悟』。それを失うことは、死ぬよりも恐ろしい」
 足の裏がぐちゃぐちゃになっているはずなのに。激痛に悶えてもおかしくないはずなのに。
 天羽は、歩みを止めなかった。
 いつの間にか、毒島は動きを止めていた。
 恐怖を感じたのか、圧倒されたのか、それとも戸惑ったのかは、自分でも分からない。
 ただ――
「黙って聞いてくれたことに感謝しよう。――射程圏内だ」
 相手の攻撃範囲に入った、という事実が、目の前に突き付けられていた。
「ッ!? <アンデット・ワールド>――」
「鈍いッ! <スクラップ・ドラゴン>ッ!!」
 毒島が毒の障壁を作り出すより先に、屑鉄によって形作られたドラゴンが現出する。
「ひ――」
 その巨躯に毒島がわずかな怯えを見せた瞬間、
「ディセーブル・バースト!」
 破壊の光条が、紫づくめの男に襲いかかった。