にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドM 10-3

「悪いが、お前を高良火乃だと認めるわけにはいかない」
「そう言うと思ってたよ。なら、イタコって呼んでくれや。お前とか貴様って呼ばれるのは気分が悪い」
 愚痴をこぼしながら、仮面の人物――イタコは階段を上る。
 辿りついたのは、貨物船に乗り込んだ地点である後部甲板だった。
「うわ、こりゃひでえな」
 イタコの言葉につられ、輝王は甲板の様子を見回す。
 鉄板が焦げ付いていたり、氷漬けになっていたり、壁の一部が大きくへこんでいる。竜美とティトが激しい戦いを繰り広げた結果だろう。
「ここなら余計な邪魔を気にする必要はないだろ。じゃ、俺からの遺言を伝えるぜ」
 ゆっくりとした足取りで甲板中央まで進んだイタコが、夜空を仰ぐ。
 ぬるい潮風の中には、いまだに戦いの熱気が残っているように感じられた。
 輝王はイタコと距離を取り、続く言葉を待つ。
 突風が甲板を抜けた瞬間、イタコの白い仮面が輝王へと向いた。

「どうして友永切――いや、高良姫花を殺さなかった?」

 輝王がその言葉の意味を噛み砕く前に、イタコは続けた。
「お前なら、俺を殺した犯人を見つけ出し、仇を取ってくれると思ってたんだけどな。俺の妹ってことで遠慮したのか?」
「……違う」
 重い息と共に言葉を吐く。
「ジェンス、って奴とデュエルしてるところを見させてもらった。知ってるだろ? 俺の両親はどこかの組織に殺され、妹は拉致された。俺がセキュリティに入ったのは、その犯人を見つけるためだ」
 高良が言った「私怨」の意味。
 輝王はその理由を屋上で聞いたとき、追求しなかった。
 怖かったのだ。
 今まで見てきた「高良火乃」という人物像が壊れてしまいそうで、怖かった。
「最初はさ、事件の真相が知りたかっただけなんだ。だって理不尽すぎるだろ? ワケも分からず家族をぶち壊されたんだぜ? そう思って調査した結果、辿りついたのがレボリューションだった」
 高良の両親が亡くなっていたのは知っていたが、殺されていたことは初耳だった。
 思い返せば、高良は他人の問題に首を突っ込んでばかりで、あまり自分のことを話そうとしなかった。
「けどさ、やっぱり俺は復讐したかったんだよ。親父とお袋を殺した奴を。妹を連れて行った奴を。そして――」
 違う、ともう一度否定するつもりだった。
 輝王の知る高良火乃は、誰かが犠牲になることを何より嫌っていたはずだ。
 しかし、輝王の口は動かない。

「切を殺した、妹を。殺してやりたかったんだ」

「……嘘だな」
 一呼吸置いてから、輝王はようやく言葉を発した。
 イタコが本当に高良の霊を降ろし、彼の意志を代弁している証拠はない。
「高良火乃は、どんな状況だろうと人が犠牲になるのを心底嫌がっていた。あのお人好しが、復讐を考えるはずがない」
 根拠がなくても、まず人を信じる。そんなことを出来る男が、復讐という負の感情を抱えたままでいられるはずがない。
 輝王の反論に対し、イタコは「くっくっくっ」と抑えた笑い声を漏らしながら、体を震わせた。
「その『高良火乃』ってのは、お前が勝手に作り上げた幻想なんだよ。確かに俺は、人助けが趣味だった。誰かを犠牲にするのが嫌だった。けど、犯人を殺してやりたい、って思ってたのも事実だ。それも含めて俺なんだよ。正義……お前は俺の側面を見ただけで、俺の全てを理解した気になってるだけだ」
「――――」
 ふざけるな、出まかせを言うのはやめろとはねのけるのは簡単だ。
 しかし、親友であったはずの高良の全てを知っていたかと問われれば、首を縦に振ることはできない。
――俺は、高良火乃を知ろうとしただろうか?
その事実が引っかかり、輝王は続けるはずだった反論を飲みこむ。
「デュエルしようぜ、正義。勘を取り戻したいんだ」
 言葉を探す輝王に向けて、イタコがポツリと呟く。
「俺はこれからこいつの体を借りて、妹を――姫花を殺しに行く。切の仇討ちだ。俺の大切な人を殺したあいつを、許すことはできない」
 イタコの声は、極めて冷静だった。
 表情を窺おうにも、そこに在るのはのっぺらぼうの仮面だけで、その下に隠された感情を読み取ることは難しい。
 もし本当に高良の霊がイタコに宿っているのだとしたら、彼は復讐を果たそうとしている。大切な人を失った悲しみに我を忘れ、自分の妹を手にかけようとしているのだ。
 復讐を糧に動くその姿は、かつての輝王そのもの。
 輝王は、彼の感情を否定することはできない。
 だからこそ、輝王はイタコの前に立ちふさがった。
「……デュエルは受けよう。だが、俺が勝ったら復讐は諦めてもらう」
「なんだと?」
 ディスクを展開し、己の思いを確かめる。
「綺麗事を押し付けるぞ」
 自分にこのようなことを言う資格がないのは重々承知だ。
 だが、ストラによって気付かされた事実を、復讐に囚われた親友に教えてやれるのは自分だけなのだ。
 身を呈してくれた後輩のためにも、輝王は言葉を紡ぐ。
「復讐は、悲劇の連鎖を生むだけだ。今のお前を行かせるわけにはいかない」