にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドM 3-2

 壁に貼られた看板はところどころはげてしまっているが、かろうじて「姉ヶ崎アパート」をいう文字を読み取ることができた。
 すっかり錆びてしまった鉄の門を開け、輝王は雑草だらけの中庭に歩を進める。すでに太陽は一日の活動を終え沈んでおり、月の光がささやかに辺りを照らしていた。
 サテライト第17支部異動に伴い、セキュリティ側から与えられた住居が、この「姉ヶ崎アパート」だった。落ちついたクリーム色で塗られていたはずのコンクリートは、完全に塗装がはげてしまっていて、そのほとんどを無秩序に伸びたツタに支配されていた。
 2階建てだが、輝王とストラのほかに入居者はいない。物音ひとつしない建物からは、言いようのない不気味さが漂っている。
「…………」
 輝王に続いて門をくぐったストラは、体を縮こまらせながらせわしなく周囲を見回している。
(まったく、これでよくセキュリティの仕事が務まっていたものだ)
 遠くで鳥の羽ばたきが聞こえ、その音に驚く後輩の姿を見ながら、輝王はそう思わずにはいられなかった。
 これでも、サテライトの中では比較的マシな住居なのだ。水道や電気は通っているし、各部屋にシャワー、キッチンもある。これ以上の贅沢を望むのなら、シティに帰った方がいいだろう。
「ほほう! ここがお主らの家か。随分いいところじゃのう!」
 ……実際、サテライトで暮らしてきた切の目には、かなり高級な物件に見えているようだし。
 1階西側の突き当たりが輝王の部屋で、ひとつ空けて隣がストラの部屋だ。何かあったときの対処のために隣同士のほうがいいのだが、ストラの強い要望でこの配置になった。彼女曰く、壁が薄すぎるのだそうだ。
「それじゃあ、わたしは着替えてきますね」
 自分の部屋に入って行ったストラと一時別れ、残った2人は通路の奥へとたどり着く。
 この時代では珍しい錠前の扉を開き、中に入って電気をつける。
「……なんというか、殺風景な部屋じゃの」
 黒い瞳を半開きにしながら、切は正直な感想を述べた。
 8畳ほどの広さの洋室には、簡素なテーブルとイスが1組、何も入っていない本棚、あとはベッドがあるだけだった。テーブルの上には、シティから送った荷物が詰められた段ボールが置かれている。
 元々物を増やすことを嫌う性質だったが、高良が死んでからはその傾向がより顕著になった。段ボールの中に入っているものも、仕事で必要なものばかりだ。
 玄関から入ってすぐのところにキッチンがあり、小さな冷蔵庫が駆動音を発している。
「……さっさと本題に入るぞ。適当に座れ」
 輝王はジャケットを脱ぎワイシャツ姿になると、切に椅子に座るよう促す。
「まずは腹ごしらえが先じゃろう? 何か食わせてくれ」
「…………」
 切は椅子には座らずベッドの上であぐらをかくと、腹を押さえながら要求してくる。
 現在時刻は午後7時になったばかり……食堂であれほど食べたのに、もう腹が減ったのか。
 輝王は嘆息しつつ、冷蔵庫を開ける。食べ物どころか飲み物すら入っていない。
「何もないな。我慢しろ」
「えー!」
 すかさず切が非難の声を上げる。
 しかし、ここはサテライトだ。外に出れば24時間営業の店舗があるシティと違い、簡単に食料を調達できるわけではない。
「腹が減ったのじゃ~減ったのじゃ~」
 ベッドの上で脚をばたつかせる切。若草色の着物のスリットから白い素足がちらちらと見えているが、あまり気にしないようにしよう。
 どうやってわがまま娘をなだめようか考えていたところで、
「せんぱ~い! ちょっと手がふさがってるんで、ドア開けてもらえませんか?」
 ストラの間延びした声が聞こえてきた。
「分かった」
 輝王が扉を開けると、そこには3つのカップ麺を乗せたトレーを持つ、ストラの姿があった。薄桃色の長そでシャツに、ジーンズといった格好に着替えている。
「先輩、ご飯のこと何にも考えてなかったでしょ? 作ってきました」
 お湯入れただけですけど、とストラは苦笑する。
「いや、悪いな」
 まさにその通りだった。背後で腹をすかせた獣が動くのを感じながら、輝王は気のきく後輩を中へ迎え入れた。





 空になったカップ麺の容器をゴミ箱に捨てると、切は腹をさすりながら満足気に息を吐いた。1個では足りず、ストラの部屋からさらに5個ほど持ってくる羽目になった。
「いい加減腹もふくれただろう。本題に入らせてもらう」
 輝王は場を仕切りなおす意味で言い、ストラの表情が引き締まる。
「……そうじゃな」
 ベッドに寝転んでいた切も、体を起こして正座をする。腰に提げていた日本刀は、壁に立てかけてあった。
「まずはお前の考えを聞いておこう。友永切」
 自分の名前を呼ばれた少女は、少しうつむいた後、キッと視線に力を込めた。
「レビンを……リーダーを説得してみる」
 はっきりと告げる。その言葉に、迷いは感じられない。
 この地区にあるアジトは光坂がレボリューションに近づく以前から使用していた場所で、リーダーであるレビンを始め、旧メンバーがそろっているはずだ、と切が話す。
「レビンは誰よりも仲間思いのやつじゃ。大きな事を成そうとしている今だからこそ……わしの言葉が届くかもしれん。レビンだって、仲間を危険にさらすような真似は避けたいはずなんじゃ」
 切の言葉には「そうあってほしい」という願望が含まれているように聞こえた。
「説得はわし1人でやる。しかし、レビンが首を縦に振らない場合は……」
「俺たちの出番というわけか」
 切が頷く。内に渦巻く感情を必死に押し殺しているような顔だ。
「わたしたちセキュリティが、メンバーを拘束する……」
「……奴らの狙いが本当にゴドウィン暗殺だとしたら、止めなければならん。仲間たちを大罪人にするわけにはいかんのじゃ」
 長官暗殺を防ぐわけではなく、仲間たちの手が血で汚れることを防ぐ。それが彼女の――友永切の目的だった。
「…………」
 セキュリティの人間としては、長官暗殺を防ぐのが絶対だ。
 しかし、輝王個人としては、それよりも優先しなければならないことがある。
 親友の敵を討つ。
 そのためには、誰が高良を殺したのかを特定しなければならない。
 これまでの情報をまとめると、レボリューションが各地でテロ活動を行い始めたのは光坂慎一が加担してからのようだし、彼に近づくのが一番近道のはずだ。
 そうなると、組織のリーダーであるレビンは、光坂との接触が多いと考えられる。
「分かった。協力しよう」
「先輩……」
 危険は覚悟の上だ。例え切の言うことが罠だったとしても、敵に近づけるのなら本望だと思わなければならない。
「ただし、俺はお前を完全に信用したわけではない。レボリューションから送られたスパイだという可能性もある」
 デュエルを通しての印象としては、あまりスパイという感じはしなかったが。
 反発してくるかと思ったが、切は大人しく頷いた。
「そのため、実質的に動くのは俺だけ――」
「わたしも行きますからね!」
「――俺と、ロウマンだけだ。それでも構わないな?」
「うむ。よろしく頼む」
 正座をした切は、深々と頭を下げた。
 動くなら早い方がいい、ということでアジトに乗り込むのは翌日に決定した。
 レボリューションを飛び出してから野宿を続けていたらしい切は、この姉ヶ崎アパートに泊まることになった。が、当然のように輝王のベッドで眠ろうとしていたところをストラにたたき起こされ、彼女の部屋に連れて行かれた。他にも空いている部屋はあるが、全くの手つかずになっているので埃まみれだろう。
 先程まで聞こえていた女性2人の喚き声も今ではすっかり収まり、夜の静けさが部屋を覆っている。
 サテライトに来たことで、今まで遅々として進まなかった駒が、ようやく動き始めた。その実感を確かめながら、輝王は眠りに落ちた。