にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドS 2-1

 目覚めたとき、わたしには何もなかった
 名前もない
 あったかもしれないけど、思い出せない
 わたしに伸ばされた手はひとつ
 示された道もひとつ
 だから、迷いなんてものはなかった
 その道を歩くしかなかった
 だけど
 今
 わたしの目の前に、新しい手が伸ばされている――







 辺りに広がる闇は濃く、深い。
 街灯もない中で、慎ましい月の光を受け不気味にその姿を見せるのは、朽ちた美術館だった。
 美術館というよりも、古い洋館といったほうがいいかもしれない。壁には這うようにツタが生い茂り、黒い枠で縁取られた窓のほとんどは、ガラスが砕け、本来の役目を果たしていない。
 建物の右半分は完全に倒壊し、瓦礫の山になっている。よくもまあこんな壊れ方をしたものだと感心してしまう。
「ここが魔女の城だ。さあ、案内はしたぜ? 俺は帰らせてもらうからな」
 早口でまくしたてたのは、濃い疲労の色を顔に浮かべた金盛だ。しきりに自分の尻をさすっているのは、隙を見て逃げ出そうとしたところを何度も創志に蹴られたからである。
「わかった、ごくろうさん。行っていいぜ」
「…………」
 創志の答えに、金盛はポカンと口を開けて突っ立っていた。
「……なんだ? 行かないのか?」
「い、いや帰るぜ! 帰るけど……お前、俺が嘘ついてるとか考えないのか?」
「嘘なのか?」
「嘘じゃねぇよ! 組織から教えられた情報が確かなら、処刑人はここにいて、お前の弟はここに連れてこられているはずだ」
 創志はこげ茶色の木製の扉の前に立つ。『処刑人』がどんな人物なのか、『組織』とは何なのか、信二は本当にここにいるのか――疑問は何一つ解決していなかったが、悩んで足を止めてしまうのが恐ろしかった。
 自分が立ち止まっている間に、信二の身になにかあったら――
 創志は錆ついたドアノブに手をかける。
「ほ、本当に行くのか? 俺は帰るぞ」
「さっさと帰れよ。しつこい奴だな」
 そう言って睨みつけてやると、金盛は慌てて走り去っていった。
 これで、館の中で何かあった場合、危険に巻き込まれるのは俺一人で済む。もっとも、組織と関わりを持った金盛の身の安全が保証できるかどうかは分からないが。
 ギギギ……と音を立て、扉をゆっくりと開き、中に踏み込む。
 ひんやりとした空気が創志の体を出迎えた。
 赤い絨毯が敷かれ、ガラス天井から月の光が差し込んでいるのは、どうやらエントランスのようだった。広間のあちこちから通路が伸び、おそらく展示室へとつながっているのだろう。
 二階に上がるための階段もあったが、途中で崩れてしまっている。
 外の闇の深さとは対照的に、エントランスはささやかな月の光だけで十分な明るさを保っていた。創志は辺りを見回し――そして、ようやく気付いた。
「何だ……これはッ……!」
 エントランスの至るところに飾られている氷像。最初は美術品だと思ったが、よく見ればその中身は――

 人間。

 生きているのか死んでいるのかは分からない。
 人間がそっくりそのまま氷漬けされたような――そんな氷像が、殺風景なエントランスを奇妙に彩っている。
「まさかッ!?」
 すでに信二もこの中に――!
 創志は急いで氷像の中身を調べ始める。像はこの世のものとは思えないほど冷たく、見ているだけで怖気がする。
 氷漬けにされているのは男性、それも比較的若い連中が多いようだったが、中には女性の姿もあった。見知った顔を見つけないかどうか、心身ともにひやひやしていると、

「――だれ?」

 エントランスの奥から、透きとおった声が聞こえた。高さからして女性のものだろう。
(まずっ――!?)
 創志は慌てて身を隠そうとして、ふと立ち止まる。
 声の主はこちらに近づいてきている。なら、彼女に話を聞いた方が早いんじゃないか?
 もちろん問答無用で殺される可能性はある。仲間を呼ばれるかもしれない。
 しかし、創志には情報が足りなすぎるのだ。せめて、信二をさらっていった『組織』がどんなものなのかくらいは把握する必要がある。
 創志は身を隠すのをやめ、代わりに拳を構えて向かってくる相手に全神経を集中する。女性だからといって油断はできない。
 足音が止まる。
 月の光のもとに晒し出されたのは――銀髪の少女だった。