にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage サイドM 8-1

 後部甲板から響いてくる轟音が、船内の静寂を打ち破る。
 氷と炎が激しくぶつかり合っているのだろう。その場で立ち止まった輝王は後ろを振り返り、銀色の少女の姿を思い浮かべる。
 ……果たして、ティト・ハウンツは勝てるだろうか。
 彼女が本調子でないのは一目瞭然だった。そんな状態で、竜美を退けることができるだろうか。
 ここは敵の本拠地だ。戦いに敗れた者の辿る末路は、深い闇に包まれることは間違いない。
 だが、来た道を引き返し、彼女に加勢することは出来なかった。
 再度確認するが、ここは敵の本拠地。レボリューション側がその気になれば、実力行使で輝王たちを排除することはたやすい。それをしないのは、この後に控える大事――セキュリティ本部襲撃のために「肩慣らし」を行いたいからだ。輝王たちは、いわば用意された獲物。狩人の機嫌を損ねれば、即座に殺されてしまう。
 なら、向こうが提示してきた条件を呑み、その上で勝つしかない。
 無論、デュエルで、だ。
「…………」
 前を歩く切は、無言のまま周囲に視線を走らせている。
 後部甲板から聞こえてくる戦闘音以外は、船内に響く雑音はない。それどころが、人の気配がしない。通路に並ぶ扉には全て錠がかけられており、他の船室や通路への移動を禁じていた。つまり、輝王たちはあらかじめ用意された「順路」を進んでいることになる。
「…………」
 腰を低くかがめ、右手を刀の柄から離そうとしない切。
 彼女にレボリューションの目的――自分たちがウォーミングアップの相手に選ばれたこと――を説明したあと、2人の間に会話はなかった。
 わずかな事象も見逃すまいと、切の瞳はせわしなく動く。
 ――緊張感があるのはいいことだが、限度がある。
 そう思った輝王は、明らかに肩の力が入りすぎている切の緊張をほぐそうと、右手を伸ばす。
 ポン、と切の肩に軽く手をのせ、口を開こうとした瞬間――
「ひゃわっ!!」
 ビクゥ! と体を震わせた切が、妙な声を上げて勢いよく飛びずさる。
「ななななななななななななんじゃ輝王! 脅かすでない!」
 ……別に脅かすつもりはなかったのだが。
「なんじゃ!? わしの肩に何かついておったか!? それとも無性にわしの肩に触りたくなったのかの!? だったら前もって言っておいてくれないと困るのじゃ!」
 早口でまくし立てる切を前に、輝王はため息をつく。
「……緊張しすぎだぞ。少しは肩の力を抜け」
「――あ」
 輝王の言葉に、自分がひどく焦っていることを自覚した切は、顔を赤らめながらうつむく。
「す、すまぬ」
「いや、いい」
 彼女は今、かつての仲間たちに刃を向けようとしているのだ。空回りしてしまうのも仕方のないことだろう。
 竜美との邂逅では出鼻をくじかれてしまったが、今度はそうはいかない。次こそ、自分が戦う――切の瞳は、そんな想いが満ち溢れていた。


 船内の通路を進むと、やがて開けた場所に出た。落ち着いた色彩でまとめられた壁床に、ポツポツと並べられたソファとテーブル。どうやら船員の休憩室のようだ。
「来たか」
 部屋の中央で佇む長身の男。短く切りそろえた黒髪に、浅黒い肌。傷跡だらけの顔から向けられる鋭い視線が、輝王と切の姿を捉える。ミリタリージャケットを着た男の胸には……もちろんセキュリティの紋章はない。
「ジェンス、マクダーレン」
 短い間だったが、輝王の同僚だった男。その正体は、レボリューションのスパイだった。
 こうして顔を合わせるのは1週間ぶり……燃える取り調べ室の中で別れて以来だ。
「ジェンス……やはり、お主も光坂に手を貸すのか」
 悲しげな声で告げた切が、一歩前に進み出る。彼女の話では、ジェンスもまた――レボリューション結成に関わった、古参メンバーの1人だった。
「お主なら、今やろうとしていることがどれだけ愚かなことか分かるじゃろう!? 何故レビンを止めないのじゃ! お主の言葉なら――」
「竜美から話は聞いているな? なら、早速始めさせてもらう」
 切の叫びを遮るように言ったジェンスが、左腕に装着されたデュエルディスクを構える。
 冷たい目で切を一瞥したジェンスは、彼女の問いに答える気はなさそうだ。切の顔がわずかに歪む。
「その前に訊きたいことがある」
 応じるようにデュエルディスクも構えつつも、すぐに決闘には移らず、まずは問いを投げかける輝王。
「……大石は、何故お前を見ても何も言わなかった?」
 大石。その名前の男は、「処刑人」ティト・ハウンツによって氷漬けにされていた、レボリューションのメンバーだ。ティトが創志に連れ出されたことによって氷が溶けたところを、駆け付けたセキュリティ第17支部の捜査官たちに拘束された。
 大石もレボリューションの古参メンバーだ。ジェンスや竜美と面識がなかったとは考えにくい。
「簡単なことだ。大石は――他のメンバーもそうだが、俺や竜美がセキュリティに潜り込んでいることを知っていた。もし、メンバーがセキュリティに捕まった場合、そいつを逃がすためにな」
 実際は治安維持局の情報収集と、セキュリティに対する情報操作がメインだったのだろうが……確かに、皆が納得しそうな理由だ。
「覚えていないか? あのとき、最初に現場に到着したのは竜美だ。すでに拘束していたメンバーに事情を説明する時間は十分あった。大石が錯乱してデュエルをふっかけてきたのは予想外だったが……興奮した大石の目では、俺たちの存在に気づくことは出来なかっただろう」
 あのとき、大石は拘束された仲間たちを解放させることに必死だった。ジェンスのことをただの捜査官としてしか認識していなかったとしてもおかしくはない。拘置所に連行したあとは、事情を話して余計なことを喋らないよう口裏を合わせればいい。
「一旦は拘置所に連行するが、あとで必ず逃がしてやる。俺はその約束を守り、あいつらを脱走させた」
 第17支部が襲撃されたときのことを言っているのだろう。壊された壁の破片が「外側」に散らばっていたのは、ジェンスが内部から破壊したからだ。
「だが、脱走したメンバーは、リーダーの手によって駆逐された。そうだろう?」
 隣に立つ切が大きく頷く。切がレビンの元へ駆けつけたときには、すでに脱走したメンバーの大半が倒されたあとだったという。
「今のレビンにとって、奴らは足枷にしかならない。本部襲撃に異を唱える奴はもちろんのこと、何の力も持たぬ人間は戦力にならん。だから、始末した」
「――なんてことを」
 淡々と語るジェンスに対し、切が静かに怒りを燃やす。
「……さて、俺からも質問させてもらおう」
 話に区切りがついたと判断したらしいジェンスが、低い声で告げる。

「お前が訊きたかったことはそれだけか? 輝王」